父が死亡し母が認知症の場合の相続手続き|後見・遺言・登記の対処法を行政書士が解説

「父が亡くなった。でも母は認知症で、どうやって相続の手続きを進めたらいいのかわからない……」
そんな戸惑いを抱えるご家族は少なくありません。

一般的な相続では、法定相続人が集まり「遺産分割協議」を行い、その結果に基づいて不動産や預貯金の名義変更、口座解約などを進めます。
しかし、配偶者である母が重度の認知症で判断能力を失っている場合、その同意や署名を得ることができず、相続手続きが途中で止まってしまうケースが多く見られます。

特に、相続財産に実家の土地建物や多額の預金が含まれている場合、母の意思表示ができないことが「相続の詰まり」の原因となり、子どもたちだけではどうにもならない事態に発展します。

こうした場合、法律では「成年後見制度」などを活用して、母に代わって意思決定できる後見人を立てる方法が定められていますが、手続きは煩雑で時間も費用もかかるため、家族の負担は少なくありません。

本記事では、「父 死亡 母 認知 症 相続」という状況に直面したときに、どのように手続きを進めていけばよいのか、どんな制度を利用できるのか、またトラブルを未然に防ぐための準備には何があるのかを、行政書士の視点から丁寧に解説します。

目次

1:父が亡くなり、母が認知症だった場合の相続の基本

母が法定相続人である理由とその役割

民法において、被相続人(亡くなった人)の配偶者は常に法定相続人となります。
つまり、父が亡くなった場合、母は他の相続人(主に子)とともに「相続人」として遺産の分割に参加する立場になります。

例えば、父・母・子1人の三人家族の場合、法定相続分は以下のようになります。

  • 母:2分の1
  • 子:2分の1

子が2人いる場合は、法定相続分は以下のようになります。

  • 母:2分の1
  • 子1・子2:それぞれ4分の1ずつ

このように母の相続割合は大きく、遺産全体の半分を占めるケースもあります。
そのため、母が協議に参加できない=手続きが進められない、という問題に直面しやすくなります。

また、相続財産に含まれる不動産の登記変更や預貯金の解約には、「遺産分割協議書」への全相続人の署名押印が必要です。
認知症である母の署名・捺印ができない場合、手続きはストップします。

認知症が相続手続きに与える具体的な影響

母が認知症を患っている場合でも、すぐにすべての意思判断ができなくなるわけではありません。
初期の軽度認知症であれば、日常会話はできることも多く、医師の診断書などで「判断能力がまだある」と認められれば、本人による署名も可能です。

しかし、認知症が中度以上に進行し、金融機関や法務局が「本人の意思能力がない」と判断した場合、母本人の判断では一切の法的手続きができなくなります。

このような場合、母に代わって手続きを行うために「成年後見制度」を利用する必要があります。
この制度により、家庭裁判所から選ばれた成年後見人が母の代わりに遺産分割協議へ参加したり、不動産の名義変更を行うことが可能になります。

ただし、この後見人制度には手続きや費用、時間がかかることから、早めの判断と準備が重要です。

2:認知症の母は相続手続きにどう関与できるか?

意思能力とは何か

相続を含む法的な手続きにおいて、「本人の意思能力(判断能力)」があるかどうかは非常に重要な要素です。
意思能力とは、自分の行動や判断の結果がどのような法的影響を及ぼすかを理解し、それに基づいて自ら決定できる能力のことを指します。

認知症の初期段階であれば、ある程度の判断能力が残っていることも多く、状況や契約内容を理解できる場合もあります。
そのような場合は、相続手続きに本人が関与することも可能です。医師の診断書などで「意思能力がある」と明記されれば、銀行や法務局でも手続きを進めてもらえる可能性があります。

逆に、症状が進行しており、「今日が何日かもわからない」「子どもの名前が思い出せない」「相続の意味が理解できない」といった状態の場合、意思能力がないと判断され、母自身での署名・押印は無効となります。

また、金融機関や不動産登記に関しては、かなり厳格に本人確認・意思能力の確認がなされるため、曖昧な状況では手続きが進まない可能性が高いです。

判断能力がないとどうなる?

もし医師によって「本人には意思能力がない」と診断された場合、相続人としての行為を本人が行うことはできません。
このような場合、母に代わって法的な判断を行う代理人――つまり「成年後見人」の選任が必要になります。

遺産分割協議は、相続人全員が「同意」したという意思表示がなければ成立しません。
認知症の母の同意が得られない=協議が成立しないということになり、遺産分割協議書も作成できません。

このため、成年後見人を家庭裁判所に申し立てて選任してもらい、後見人が母に代わって相続協議に参加・署名することで、手続きを進めることができるようになります。

成年後見人が選任されると、その人には以下のような権限が付与されます。

  • 遺産分割協議への参加
  • 協議書への署名・押印
  • 母の代わりに不動産登記手続き
  • 母の預貯金の管理や解約

ただし、後見人の選任には時間と費用がかかり、また選任後も裁判所への報告義務や管理義務が生じるため、家族としての負担も少なくありません。
また、家庭裁判所は「公平性」の観点から、家族以外の第三者(弁護士や司法書士)を後見人として選ぶこともあります。

このような手続きが必要になることを見越して、早い段階で意思能力の有無を確認し、今後の選択肢を検討することが非常に重要です。

3:成年後見制度の活用と注意点

父が亡くなり、母が認知症で意思判断ができない場合、多くのケースで必要になるのが「成年後見制度」の利用です。
この制度を使うことで、判断能力を失った母に代わって手続きを行う後見人を家庭裁判所から選任してもらい、相続や財産管理を進めることが可能になります。

成年後見制度の概要と種類(法定・任意)

成年後見制度には、大きく分けて2つの種類があります。

  1. 法定後見制度
     認知症などで既に意思判断ができなくなっている人のために、家庭裁判所が後見人を選ぶ制度です。
     認知症が進行した母のために家族が申し立てをして、裁判所が適任者を後見人に選任します。
  2. 任意後見制度
     判断能力があるうちに、将来に備えて自らが後見人を指名しておく制度です。
     認知症になる前に利用する制度なので、この記事のような「既に認知症になってしまっている」ケースには適用できません。

つまり、「父が死亡し、母が認知症で意思判断ができない」という状況では、法定後見制度を利用することになります。

後見人を立てる際の手続きと費用

成年後見人を立てるためには、家庭裁判所への申立てが必要です。
申立ては母の住所地を管轄する家庭裁判所で行います。

【必要な主な書類】

  • 申立書(書式は家庭裁判所にあります)
  • 医師による診断書(成年後見用の様式あり)
  • 母の戸籍謄本、住民票
  • 相続人全員の戸籍など(相続関係の説明に必要)
  • 財産目録や収支予定表

診断書には「意思能力の有無」が医学的に記載されます。
この診断結果をもとに裁判所が審査を行い、適切な後見人を選任します。

【費用の目安】

  • 申立て費用(印紙代など):数千円
  • 鑑定費用(医師の鑑定が必要な場合):5〜10万円
  • 登録免許税:2,600円程度
  • 書類取得費:2,000円〜5,000円程度

総合的に見ると、10万円前後かかることが一般的です。

また、後見人が家庭裁判所から選ばれた場合(例えば司法書士や弁護士などの第三者が選ばれた場合)、報酬(月額2〜5万円程度)を支払う必要が出てくるため、継続的な経済負担も発生します。

家族が後見人になれないケースとその背景

「家族が後見人になれば安心だ」と考える方も多いですが、実際には裁判所が第三者(専門職)を選任するケースも増えています。

以下のような場合には、家族が後見人になれない、もしくは選ばれにくくなります。

  • 相続人同士で意見が対立している場合
  • 遺産が高額・複雑で、利害関係が絡む場合
  • 家族が高齢で後見人としての役割を果たせないと判断された場合
  • 家族に過去のトラブル(破産歴、虐待歴など)がある場合

裁判所は「本人の利益を守ること」「公平性」を重視しており、特に相続人の一部が自分の利益のために母を誘導しようとしている疑いがあるような状況では、家族以外の弁護士や司法書士を選任する傾向にあります。

後見人に選ばれた人には、以下のような義務が課せられます。

  • 財産目録の作成
  • 年1回以上の収支報告
  • 不動産売却など大きな財産処分には裁判所の許可が必要

これらをきちんと履行できるかどうかが、後見人選任の基準になります。

4:遺言書がある場合・ない場合での違い

遺言書の有無は、相続手続きを大きく左右します。
父が生前にきちんとした内容の遺言書を残していた場合と、遺言がない場合では、母が認知症であるかどうかにかかわらず、手続きの複雑さや発生するトラブルが大きく異なってきます。

遺言書がある場合の進め方

父が遺言書を作成していた場合、基本的にはその内容に従って相続を行うことになります。
特に、公正証書遺言が残されている場合は、そのまま家庭裁判所の「検認」も不要で、速やかに手続きを進めることが可能です。

この場合、遺産分割協議を行う必要がないため、認知症の母の同意や署名が不要になるケースも多く、後見人の選任を経なくても、スムーズに不動産の名義変更や預貯金の払い戻しができることもあります。

一方、自筆証書遺言(父が自分で紙に書いた遺言書)の場合は、家庭裁判所での検認手続きが必要になります。
この検認手続き自体には遺産分割の効力はありませんが、内容が適法であるか、偽造がないかなどを確認する重要な手続きです。

この際、母が認知症である場合には、「検認手続きに必要な通知」が届いたとしても、内容の理解や手続きへの対応が難しいことから、やはり後見人の選任が必要になることがあります。

また、遺言書の内容があいまいだったり、法定相続人を無視した配分になっていた場合には、他の相続人との間でトラブルに発展することもあります。

遺言書がない場合の法定相続とトラブル

遺言書が存在しない場合、相続人全員による遺産分割協議が必要です。
協議はあくまで「全員の合意」が前提となるため、1人でも判断能力を欠いている相続人がいると、協議そのものが成立しません。

このため、母が認知症である場合、協議に参加できるよう「成年後見人」を家庭裁判所に申し立てて選任する必要があります。
後見人の選任には数か月かかることもあり、その間は不動産の売却や預貯金の解約といった重要な手続きを行うことができず、家族の生活資金にも影響を及ぼす可能性があります。

また、相続人が複数いる場合、協議の中で対立が生じやすくなります。
「誰が母の面倒を見ているか」「父が生前に誰にどれだけ財産を使ったか」など、感情的な軋轢が絡むと、相続争いに発展してしまうことも。

こうした事態を避けるためにも、生前に遺言書を作成しておくこと、可能であれば公正証書遺言として法的に確実な形式を整えておくことが、非常に重要です。

5:実家の名義・預貯金の凍結など、具体的な手続き

父が亡くなった後、相続手続きを進めるうえで大きな課題となるのが、不動産や預貯金の「名義変更」や「凍結解除」です。
特に、実家や父名義の口座がそのままになっていると、子どもたちの生活や、認知症の母の介護費用の支払いにも支障をきたすことがあります。

認知症の母が相続人である場合、こうした財産の手続きがすぐにできるとは限りません。
実際には後見人の関与が必要になる場面も多く、早めの準備と知識が求められます。

不動産の名義変更に必要な書類

不動産(たとえば実家など)の相続登記を行うためには、以下の書類が必要です。

  • 被相続人(父)の死亡の記載がある戸籍謄本・除籍謄本
  • 相続人(母・子)の現在の戸籍謄本・住民票
  • 固定資産評価証明書
  • 遺産分割協議書(または遺言書)
  • 成年後見人がいる場合はその登記事項証明書と印鑑証明

不動産登記は、遺産分割協議書に基づいて行うことが原則ですが、協議書には相続人全員の署名押印が必要です。
そのため、母が認知症で自筆署名ができない場合は、成年後見人の署名・捺印が必要になります。

また、登記をしなければ、その不動産を売却・担保設定・贈与することはできません。
認知症の母が自宅に住み続けているとしても、将来的に施設入所や売却を検討する際に支障が出るため、早期に名義変更を済ませることが重要です。

口座凍結の解除と相続手続き

金融機関では、口座名義人(父)が亡くなったことが判明した時点で、口座は凍結されます。
凍結後は、預金の引き出しや振込など一切の取引ができなくなります。

これにより、母の介護費や葬儀代、生活費がすぐに引き出せないという問題が発生することがあります。

口座の相続手続きには、以下のような書類が求められます。

  • 銀行所定の相続手続き依頼書
  • 被相続人(父)の戸籍謄本・除籍謄本
  • 相続人全員の戸籍謄本
  • 遺産分割協議書
  • 成年後見人の登記事項証明書(必要に応じて)

ここでも、母が認知症である場合には、成年後見人を立てない限り、母の口座分の相続手続きを進めることができません
銀行側は厳格に本人確認・意思能力の有無を審査するため、家族だけで対応しようとしても進まないケースがほとんどです。

また、最近では「預金の仮払い制度」が導入されており、相続開始直後でも一部の預金(150万円または相続分の1/3以内)を引き出せる制度があります。
ただし、これも相続人全員の同意が必要な場合があるため、母の判断能力次第では利用できないこともあります。

このように、母の認知症という事情があると、不動産も預金も「動かせない」状態に陥りやすくなります。
相続人が複数いる場合は、早めに専門家に相談して協力体制を整えることが、混乱を防ぐカギになります。

6:相続放棄やトラブルを防ぐためにできること

父が亡くなり、母が認知症という状況下では、感情的な混乱に加えて、相続に関する法的なトラブルが起こりやすくなります。
この章では、こうした問題を未然に防ぐために家族ができること、特に「遺言」と「家族信託」の活用、そして相続放棄の正しい知識について解説します。

遺言作成のすすめ

父の遺言書がない場合、遺産分割協議が必要となり、認知症の母が相続人である以上、成年後見人を立てるなどの手間がかかります。
逆に、父が生前に公正証書遺言を残していれば、相続人の合意が不要なため、母が認知症でもスムーズに相続手続きを進められます。

遺言の中には、「特定の財産を誰に相続させるか」「遺言執行者の指定」「祭祀承継者の指定」など、家族間のトラブルを防止するための工夫が多数可能です。
また、「付言事項」として、残された家族に向けたメッセージを添えることで、相続による不仲を防ぐ効果もあります。

ポイントは、形式を正しく整えること。
せっかく遺言を作っても、内容が曖昧だったり法的要件を満たしていなければ、相続手続きでは使えません。
そのため、公証役場で作成される「公正証書遺言」が最も安全かつ確実です。

子どもたちの立場から見ても、「父が遺言を用意してくれていたおかげで、母が認知症でもスムーズに進められた」という安心感があります。

家族信託という選択肢も

最近注目されているのが、「家族信託」の活用です。
これは、まだ意思能力があるうちに、自分の財産を家族(受託者)に託し、将来の管理・運用・処分を任せる制度です。

たとえば、母が軽度の認知症の段階で家族信託契約を結んでおけば、財産を管理する権限が長男などに移り、母の判断能力が低下してもスムーズに生活費の引き出しや施設入所の費用支払い、不動産の売却などが可能になります。

家族信託は、成年後見制度と異なり「家庭裁判所の監督を受けない」「柔軟な管理ができる」「手数料がかからない」などのメリットがあります。
一方で、信託契約書の作成は高度な法的知識を要し、契約後は登記などの手続きも必要になるため、行政書士や司法書士の支援が重要です。

将来、母が相続人となる場面で手続きが滞らないようにするためにも、家族信託は有効な備えとなります。

相続放棄の判断は慎重に

相続財産の中に借金や保証債務などの「負の財産」がある場合、相続放棄を選択することもあります。
ただし、母が認知症で相続人である場合、相続放棄の手続きにも後見人が必要となるため、タイミングを逃さないよう注意が必要です。

相続放棄には「相続を知った日から3か月以内」という厳格な期限があるため、相続開始後は速やかに財産の内容を把握し、放棄するかどうかを判断しなければなりません。
また、放棄をしてしまうと最初から相続人でなかったことになるため、後になって「やっぱり遺産を一部受け取りたい」という変更はできません。

トラブルを避けるには、あらかじめ財産状況を明確にしておき、家族間での共有・整理をしておくことが大切です。

7:行政書士に相談すべきケースとは?

相続は単なる「手続き」ではなく、法律と実務が複雑に絡み合う非常に専門的な分野です。
とくに、認知症の親が相続人であるケースでは、法的な判断や手続きが一層難しくなります。
こうした場面では、行政書士などの専門家に相談することで、スムーズかつ正確に相続を進めることができます。

成年後見の申立てサポート

認知症の母がいる場合、相続手続きのために成年後見人を立てる必要があります。
この申立ては家庭裁判所で行いますが、準備する書類は多岐にわたり、非常に煩雑です。

行政書士は以下のような支援が可能です。

  • 家庭裁判所への申立書類の作成
  • 医師の診断書の取得支援
  • 相続人全員の戸籍の収集
  • 財産目録や収支予定表の作成
  • 裁判所への提出・問い合わせのサポート

特に、申立書には専門的な用語や形式が求められるため、不備があると審理が遅れたり、不受理となってしまうこともあります。
行政書士に依頼することで、こうしたリスクを避け、早期に後見人を選任してもらうことが可能になります。

また、後見人の報告義務(財産の収支や支払い履歴の記録など)についても、行政書士が定期的に支援してくれる場合があります。

遺産分割協議書の作成支援

相続手続きの中心となるのが、「遺産分割協議書」です。
これは、相続人全員が合意した遺産の分け方を明文化したもので、預貯金の解約や不動産の登記変更などに必須です。

行政書士は、相続関係説明図の作成や、協議書の正確な文言調整などを行い、金融機関や法務局に提出しても問題のない文書として仕上げてくれます。

特に以下のようなケースでは、行政書士の介入が大きな助けになります。

  • 母が認知症で、後見人の署名が必要な場合
  • 相続人が遠方に住んでおり、署名・押印の取りまとめが難しい場合
  • 不動産と預貯金の両方があり、配分が複雑な場合

行政書士は中立の立場で書類を整え、家族間のトラブルを未然に防ぐことができます。

専門家に依頼するメリット

認知症を伴う相続は、専門知識がなければ途中で手続きが行き詰まるリスクが高くなります。
行政書士に依頼することで、以下のようなメリットが得られます。

  • 書類不備による手続き遅延の回避
  • 家庭裁判所・法務局・金融機関への対応代行
  • 家族間の連絡・調整の負担軽減
  • 相続登記や預貯金解約までの一括サポート
  • 必要に応じて弁護士・司法書士・税理士など他士業との連携も可能

特に、「何をすべきかわからない」「トラブルになりそうで不安」という方にとっては、行政書士が全体の流れを整理し、必要な対応を一つ一つ導いてくれる存在となります。

費用は案件の内容により異なりますが、初回相談を無料で行っている事務所も多くあります。
不安を抱えたまま手続きを進めるよりも、早めに専門家へ相談することが、時間的にも精神的にも大きな助けになるでしょう。

8:よくある質問(Q&A)

Q1:母が軽度の認知症ですが、相続手続きはできますか?

A1:状況によります。
軽度の認知症であっても、本人に「意思能力」があると医師が判断すれば、遺産分割協議に参加することは可能です。
意思能力とは、手続きの内容や自分の立場・権利を理解して判断できるかという能力です。
医師の診断書や、銀行・法務局の判断によっては問題なく署名・押印が認められることもあります。
不安な場合は、行政書士や医師に相談して、必要なら「成年後見制度」や「補助制度」を検討しましょう。

Q2:成年後見人が立つまでに何かできることはありますか?

A2:準備できることは多くあります。
後見人が選任されるまでは相続の本格的な手続きは進められませんが、以下のような準備は同時並行で進められます。

  • 戸籍や住民票など必要書類の収集
  • 被相続人の財産目録の作成
  • 相続人間での情報共有
  • 専門家への相談・委任契約の締結

成年後見申立てには2か月以上かかることもあるため、できることから早めに取り組むことで、後見人選任後すぐに手続きを再開できるようになります。

Q3:父の遺言書が見つかったが、母は認知症。どう進める?

A3:遺言書の種類によって対応が異なります。

  • 公正証書遺言の場合:そのまま内容に従って手続きを進めることができます。母の同意は基本的に不要です。
  • 自筆証書遺言の場合:家庭裁判所で「検認」という手続きが必要です。母の意思能力に問題がある場合は、成年後見人が内容確認に関与することになります。

遺言内容に不備がある場合、遺産分割協議が必要になる可能性もあるため、内容の確認は慎重に行いましょう。

Q4:父名義の預金が凍結されていて、生活費が足りません。何か方法はありますか?

A4:「仮払い制度」の利用を検討しましょう。
金融機関では、被相続人の口座が凍結された場合でも、相続人の1人が仮払い制度を使って一定額を引き出せる制度があります。

  • 上限は1金融機関あたり150万円または相続分の3分の1まで
  • 相続人全員の同意が必要な場合もある

ただし、母が認知症で同意できない場合、この制度の利用も制限される可能性があります。
早急に後見人を立てるか、ほかの資産で対応できるかを検討する必要があります。

Q5:母が特別養護老人ホームに入所していますが、相続手続きに問題はありますか?

A5:入所していること自体は問題ありません。
ただし、以下のような注意点があります。

  • 相続手続きに必要な署名・押印ができない場合は、後見人が必要
  • 財産が実家や預貯金で凍結されていると、介護費用の支払いが滞るおそれがある
  • 特養の職員が手続きの代理はできないため、家族または後見人が対応する必要がある

施設入所中であっても、財産管理や相続手続きは通常通り発生するため、準備を怠らないようにしましょう。

9:まとめ|「父死亡・母認知症」の相続は専門家の力を借りよう

「父が亡くなり、母が認知症」という状況は、家族にとって精神的にも物理的にも大きな負担となります。
通常の相続手続きであれば、法定相続人が協議して遺産を分け、登記や預金の解約などを進めることができますが、母が認知症の場合、本人の判断能力が問われるため、非常に多くの手続きが滞る原因となります。

母が法定相続人でありながら意思表示ができない場合、成年後見制度を利用して後見人を選任する必要があります。
この手続きには時間も費用もかかり、また裁判所の判断によっては家族以外の第三者が後見人になる可能性もあります。
さらに、相続手続きが長期化することで、生活費や介護費、施設利用料の支払いに支障をきたすリスクもあります。

こうした複雑な事情があるからこそ、できるだけ早く信頼できる専門家に相談し、状況を整理しながら一歩ずつ確実に進めていくことが重要です。

行政書士は、戸籍の収集や相続関係説明図の作成、成年後見の申立て支援、遺産分割協議書の作成など、相続の実務を幅広くカバーできます。
また、他士業(司法書士、税理士、弁護士)との連携も可能なため、複雑な案件でもチーム体制で対応することが可能です。

さらに、今後を見据えて家族信託や遺言書の作成を検討しておくことで、将来の相続トラブルを未然に防ぐこともできます。
特に公正証書遺言を残しておけば、認知症になった家族がいても、遺言に基づいてスムーズな相続が可能になるケースが多くあります。

最後に伝えたいこと

  • 「母が認知症でもなんとかなるだろう」と楽観視するのは危険です。
  • 実際には、法的な手続きの壁に直面して初めて慌てる方がほとんどです。
  • そうなる前に、専門家と一緒に「今、何をすべきか」「これから何が起こるか」を整理しておくことが、家族全員の安心につながります。

相続は、法律の問題であると同時に、家族の絆や思いやりが試される局面でもあります。
だからこそ、「自分たちだけでなんとかしよう」と抱え込まずに、行政書士などの専門家の力を借りて、後悔のない選択をしていただきたいと思います。