「遺言には特別方式というものがあるらしいけれど、どんな制度なのだろう?」
そのように疑問をお持ちではありませんか。
遺言には、自筆証書遺言や公正証書遺言などの「普通方式遺言」のほかに、一定の緊急時や特殊な状況でのみ利用できる「特別方式遺言」があります。
たとえば、
「入院中に容体が急変し、通常の方法で遺言を作成する時間がない」
「感染症による隔離などで通常の手続きが困難である」
「船上など特殊な環境にいる」といったケースです。
もっとも、特別方式遺言は誰でも自由に利用できる制度ではありません。法律で定められた厳格な要件を満たさなければ無効になる可能性があり、実務上も利用される場面は限られています。
また、「入院しているから特別方式遺言を使うべき」とは限らず、状況によっては公正証書遺言の方が適しているケースもあります。
この記事では、
- 特別方式遺言とは何か
- 普通方式遺言との違い
- 特別方式遺言の4種類
- 死亡危急者遺言(危急時遺言)の要件や手続き
- 特別方式遺言が無効になるケース
- 入院中や余命が限られている場合の遺言作成方法
について、行政書士の視点からわかりやすく解説します。
特別方式遺言について正しく理解し、ご自身やご家族の大切な意思を確実に残すための参考にしてください。

目次
①遺言の特別方式とは?普通方式との違い
遺言には、大きく分けて「普通方式遺言」と「特別方式遺言」の2種類があります。
多くの方が利用するのは、自筆証書遺言や公正証書遺言などの普通方式遺言です。一方、特別方式遺言は、病気や事故などにより通常の方法で遺言を作成することが困難な場合に限り認められる例外的な制度です。
遺言の種類や基本的な仕組みについては、こちらの記事をご覧ください。
遺言とは?種類・効力・書き方・無効になるケースまで徹底解説
一般の方が特別方式遺言を利用する場面は多くありません。しかし、人生には予期せぬ出来事が起こることもあります。
「遺言を残したいのに、通常の手続きができない」
そのような状況でも本人の最終意思を尊重できるように設けられているのが特別方式遺言です。
まずは普通方式との違いや制度の趣旨を確認していきましょう。

普通方式遺言とは
普通方式遺言とは、平常時に利用することを前提とした一般的な遺言方式です。
民法では次の3種類が定められています。
- 自筆証書遺言
- 公正証書遺言
- 秘密証書遺言
それぞれ特徴は異なりますが、いずれも本人が比較的自由に準備できることを前提としています。
たとえば、自筆証書遺言は自分で作成でき、公正証書遺言は公証人が関与することで高い安全性を確保できます。
また、秘密証書遺言は内容を秘密にしたまま遺言書の存在を公的に証明できる制度です。
このように、通常の環境で遺言を作成できる場合は、まず普通方式遺言を利用することになります。
普通方式遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。
秘密証書遺言は利用件数こそ少ないものの、「遺言の内容を生前は秘密にしたい」という場合に利用されることがあります。
秘密証書遺言について詳しくはこちら
特別方式遺言とは
特別方式遺言とは、普通方式遺言を利用することが難しい場合に認められる例外的な遺言方式です。
例えば、
- 病状が急変している
- 死期が迫っている
- 感染症などで隔離されている
- 船舶上など特殊な環境にいる
といった事情により、通常の遺言作成が困難になることがあります。
このような場合であっても、本人が明確な意思を持っているのであれば、その意思をできる限り実現できるようにする必要があります。
そこで民法は、一定の要件のもとで特別方式遺言を認めています。
ただし、特別方式遺言はあくまで例外制度です。普通方式遺言の代わりとして自由に選択できるものではなく、利用できる場面は法律によって限定されています。
なぜ特別方式遺言が認められているのか
遺言制度の目的は、本人の意思を相続に反映させることです。
しかし、もし普通方式遺言しか認められていなければ、突然の病気や事故によって遺言を残す機会を失ってしまう人が出てきます。
例えば、
- 公正証書遺言を作成する時間がない
- 自筆で遺言を書くことができない
- 通常の手続きに必要な環境が整わない
といったケースです。
このような状況であっても、本人の最終意思を尊重するために設けられているのが特別方式遺言です。
もっとも、本人の死亡後に内容を確認することになるため、不正や偽造が入り込む余地もあります。
そのため、特別方式遺言には証人や家庭裁判所の確認など、厳格な要件が設けられています。
普通方式と特別方式の違い
普通方式遺言と特別方式遺言の主な違いをまとめると、次のようになります。
| 項目 | 普通方式遺言 | 特別方式遺言 |
|---|---|---|
| 利用できる場面 | 平常時 | 緊急時・特殊事情がある場合 |
| 主な種類 | 自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言 | 死亡危急者遺言、伝染病隔離者遺言、在船者遺言、船舶隔絶地遺言 |
| 利用頻度 | 多い | 非常に少ない |
| 作成の前提 | 通常の手続きが可能 | 通常の手続きが困難 |
| 制度の位置付け | 原則 | 例外 |
実務上は、まず普通方式遺言を検討し、それが難しい場合に特別方式遺言を検討するという順序になります。
実務上は死亡危急者遺言が中心
特別方式遺言には4種類ありますが、実際に問題となることが多いのは「死亡危急者遺言」です。
死亡危急者遺言とは、病気や事故などによって死期が迫っている人が利用できる特別方式遺言です。
一方で、
- 伝染病隔離者遺言
- 在船者遺言
- 船舶隔絶地遺言
については、制度としては存在するものの、利用される機会は非常に限られています。
そのため、「特別方式遺言」と聞いてまず知っておきたいのは死亡危急者遺言です。
ただし、入院中や余命が限られている場合であっても、状況によっては公正証書遺言を作成できるケースがあります。
特別方式遺言はあくまで最終手段であり、利用できるかどうかは個別の状況に応じて判断する必要があります。
②特別方式遺言の4種類
特別方式遺言は、普通方式遺言を利用できない特別な状況に備えて設けられた制度です。
民法では、特別方式遺言として次の4種類が定められています。
- 死亡危急者遺言
- 伝染病隔離者遺言
- 在船者遺言
- 船舶隔絶地遺言
ただし、4種類が同じ頻度で利用されるわけではありません。
実務上、一般の方が関わる可能性があるのは主に死亡危急者遺言です。一方で、その他の3種類は特殊な状況を想定した制度であり、利用される機会は非常に限られています。
まずは、それぞれの制度の概要を確認してみましょう。
死亡危急者遺言(危急時遺言)
死亡危急者遺言とは、病気や事故などにより死亡の危険が迫っている人が利用できる特別方式遺言です。
一般的には「危急時遺言」と呼ばれることもあります。
例えば、
- 病状が急変した
- 余命がわずかと判断されている
- 通常の遺言作成を行う時間的余裕がない
といった場合に利用される可能性があります。
特別方式遺言の中では最も利用される可能性が高く、一般の方が「特別方式遺言」を調べる場合、多くはこの死亡危急者遺言に関心を持っているケースです。
もっとも、死亡危急者遺言には厳格な要件があり、証人3人以上の立会いなどが必要になります。
詳しくは後ほど解説します。
伝染病隔離者遺言
伝染病隔離者遺言とは、感染症などにより行政上の隔離措置を受けている人が利用できる特別方式遺言です。
通常の遺言作成が困難な状況にある人のために設けられた制度ですが、現代では実際に利用される場面は多くありません。
新型コロナウイルス感染症の流行時に注目されたこともありましたが、法律上の「隔離」とは厳密な意味を持つため、単に自宅療養しているだけで利用できるものではありません。
そのため、実務上は非常に限定的な制度と考えてよいでしょう。
在船者遺言
在船者遺言とは、船舶の中にいる人が利用できる特別方式遺言です。
長期間陸地から離れた場所にいる場合には、通常の遺言方式を利用することが困難になることがあります。
そのような状況を想定して設けられているのが在船者遺言です。
もっとも、現在では通信手段や移動手段が発達しているため、実際に利用されるケースは極めて少ないと考えられます。
一般の相続実務で目にする機会はほとんどありません。
船舶隔絶地遺言
船舶隔絶地遺言とは、船舶が遭難した場合や、外部との連絡が困難な状況にある場合に利用できる特別方式遺言です。
在船者遺言よりもさらに特殊な状況を想定した制度であり、一般の方が利用する可能性は極めて低いといえるでしょう。
しかし、どのような状況に置かれても本人の最終意思を尊重できるようにするという観点から、現在でも民法上の制度として残されています。
4種類の違いを比較表で解説
4種類の特別方式遺言を比較すると、次のようになります。
| 種類 | 利用できる人 | 想定される状況 | 実務上の利用頻度 |
|---|---|---|---|
| 死亡危急者遺言 | 死亡の危険が迫っている人 | 病気・事故など | 比較的あり得る |
| 伝染病隔離者遺言 | 行政上の隔離措置を受けている人 | 感染症等による隔離 | 非常に少ない |
| 在船者遺言 | 船舶内にいる人 | 長期間の航海など | 極めて少ない |
| 船舶隔絶地遺言 | 船舶が隔絶状態にある場合 | 遭難・隔絶状態など | 極めて少ない |
この表からもわかるように、一般の方が実際に検討する可能性があるのは死亡危急者遺言が中心です。
そのため、次章では死亡危急者遺言(危急時遺言)について、要件や手続き、注意点を詳しく解説します。
③死亡危急者遺言(危急時遺言)とは
特別方式遺言の中で、実務上もっとも利用される可能性があるのが「死亡危急者遺言」です。
一般的には「危急時遺言」と呼ばれることもあります。
病気や事故などによって死期が迫り、通常の方法で遺言を作成する時間的余裕がない場合に、本人の最終意思を残せるよう設けられた制度です。
例えば、
- 病状が急変した
- 余命が限られている
- 自筆で遺言書を作成することが難しい
- 公正証書遺言の作成が間に合わない
といったケースで利用が検討されます。
もっとも、入院中であっても公証人の出張制度を利用できる場合があります。
そのため、「入院しているから死亡危急者遺言を使う」のではなく、「普通方式遺言の利用が難しいか」をまず検討することが大切です。
死亡危急者遺言が利用されるケース
死亡危急者遺言は、通常の遺言方式を利用する時間的余裕がない場合に利用されます。
具体的には、次のようなケースが考えられます。
(1)余命が限られており遺言作成を急いでいる
医師から余命について説明を受けたものの、公正証書遺言を作成するための準備や日程調整が難しい場合があります。
本人の意思能力が保たれているのであれば、できるだけ早く遺言作成を進める必要があります。
(2)病状が急変した
これまで遺言を作成していなかった方が、急な病状悪化によって遺言の必要性に気付くケースもあります。
ただし、本人が意思表示できる状態であることが前提です。
(3)自筆による遺言作成が困難
身体機能の低下などにより、自筆証書遺言を作成することが難しい場合があります。
このような場合でも、本人が内容を口頭で伝えられるのであれば、死亡危急者遺言を利用できる可能性があります。
死亡危急者遺言の要件
死亡危急者遺言を有効に成立させるためには、法律で定められた要件を満たさなければなりません。
(1) 死亡の危急が迫っていること
死亡危急者遺言は、その名のとおり「死亡の危急」にある人のための制度です。
単に高齢であるというだけでは利用できません。
病気や事故などによって、死亡の危険が現実的に迫っている状態であることが必要です。
(2) 証人3人以上の立会いがあること
死亡危急者遺言では、証人3人以上の立会いが必要です。
これは、本人の意思が正しく反映されていることを担保するためです。
証人の人数が不足している場合は、遺言の有効性に問題が生じる可能性があります。
(3)遺言能力があること
死亡危急者遺言であっても、遺言能力は必要です。
遺言能力とは、自分の財産や家族関係を理解し、遺言内容を判断できる能力をいいます。
そのため、
- 重度の認知症
- 意識障害
- せん妄
などがある場合には、遺言の有効性が争われることがあります。
死亡危急者遺言の作成手順

死亡危急者遺言は、次の流れで作成します。
遺言者は、証人3人以上の前で遺言内容を口頭で伝えます。
これを「口授(こうじゅ)」といいます。
口授された内容を、証人のうち1人が書面に記載します。
筆記した内容を遺言者に読み聞かせる、または閲覧してもらい、内容に誤りがないことを確認します。
内容確認後、証人全員が署名押印を行います。
これにより、死亡危急者遺言の作成手続きは完了します。
家庭裁判所の確認手続き

死亡危急者遺言は、作成しただけで直ちに効力が認められるわけではありません。
通常の遺言と比べて作成時の関与者が限られ、公証人も関与しないため、民法では家庭裁判所による確認手続きを求めています。
死亡危急者遺言を利用する場合は、この確認手続きまで含めて制度を理解しておくことが大切です。
なぜ家庭裁判所の確認手続きが必要なのか
死亡危急者遺言は、生命の危険が迫った緊急時に利用される制度です。
そのため、公正証書遺言のように公証人が内容を確認する機会がありません。
また、遺言者本人が亡くなった後は、
- 本当に本人の意思だったのか
- 手続きが適切に行われたのか
- 証人の証言に問題はないか
などを確認することが難しくなります。
そこで家庭裁判所が関与し、遺言の作成状況や手続きの適法性を確認する仕組みが設けられています。
これは遺言の内容そのものを審査するためではなく、法律で定められた方式に従って作成されたかを確認するための手続きです。
20日以内に申立てが必要
死亡危急者遺言を作成した場合、証人の一人または利害関係人は、遺言の日から20日以内に家庭裁判所へ確認の申立てを行わなければなりません。
この20日という期間は非常に短いため注意が必要です。
特に相続人が制度を知らない場合、「遺言は作ったから大丈夫だろう」と思い込んでしまい、申立てを忘れてしまうケースも考えられます。
死亡危急者遺言を作成した場合は、その後の確認手続きについても事前に把握しておくことが重要です。
誰が申し立てるのか
家庭裁判所への確認申立ては、次の人が行うことができます。
- 証人の一人
- 相続人
- 受遺者
- その他の利害関係人
実務上は、証人や相続人が申立てを行うケースが多いでしょう。
なお、申立先は遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所となります。
申立てをしないとどうなるのか
家庭裁判所への確認申立てが行われなかった場合、死亡危急者遺言は効力を生じません。
つまり、遺言書自体が存在していたとしても、その内容に従った相続を実現することはできなくなります。
死亡危急者遺言は、法律で定められた確認手続きを経て初めて効力が認められる制度です。
そのため、作成時の要件を満たしているだけでは不十分であり、家庭裁判所への確認申立てまで適切に行う必要があります。
証人になれる人・なれない人
死亡危急者遺言では、誰でも証人になれるわけではありません。
民法では、一定の人を証人から除外しています。
例えば、
- 未成年者
- 推定相続人
- 受遺者
- 推定相続人や受遺者の配偶者
- 推定相続人や受遺者の直系血族
などは証人になることができません。
例えば、「長男に自宅を相続させる」という遺言を作成する場合、その長男は証人になれません。
また、長男の配偶者や子どもも証人にはなれないため注意が必要です。
死亡危急者遺言が無効になるケース
死亡危急者遺言は例外的な制度であるため、手続きに不備があると無効になる可能性があります。
主な例としては、
- 証人が3人未満だった
- 証人欠格者が含まれていた
- 遺言者が内容を口授していない
- 内容確認が適切に行われていない
- 遺言能力が認められない
などが挙げられます。
また、「本人が言っていた内容を家族が後で書き残した」「録音だけを残していた」といったケースでは、死亡危急者遺言として有効にならない可能性があります。
本人の意思を確実に実現するためには、法律で定められた要件と手続きを正しく理解することが重要です。
④特別方式遺言が問題になる具体的なケース

特別方式遺言は、日常的に利用される制度ではありません。
実務上、多くの場合は自筆証書遺言や公正証書遺言によって対応できます。
しかし、病気や事故などによって通常の方法で遺言を作成することが難しくなった場合には、特別方式遺言の利用を検討しなければならないことがあります。
ここでは、特別方式遺言が問題となりやすい代表的なケースを紹介します。
余命が限られており遺言作成を急いでいる
医師から余命について説明を受けたものの、これまで遺言を作成していなかった場合、遺言作成を急ぐ必要があります。
特に、
- 相続人以外の人に財産を残したい
- 特定の相続人に事業や不動産を承継させたい
- 相続人同士のトラブルを防ぎたい
- お世話になった人へ感謝の気持ちを形にしたい
といった希望がある場合には、早めに対応しなければ本人の意思を実現できなくなる可能性があります。
もっとも、余命が限られているからといって、直ちに死亡危急者遺言を利用するわけではありません。
本人の意思能力が保たれており、一定の時間的余裕がある場合には、公正証書遺言や自筆証書遺言を作成できるケースもあります。
そのため、まずは現在の病状や意思能力、残された時間などを踏まえながら、どの遺言方式が適しているかを検討することが重要です。
入院中で公証役場へ行けない
病院に入院している場合、「公証役場へ行けないから遺言は作れない」と思われることがあります。
しかし、公正証書遺言は必ずしも公証役場で作成しなければならないわけではありません。
本人の病状や入院状況によっては、公証人が病院へ出張して公正証書遺言を作成できる場合があります。
そのため、
- 本人の意思疎通が可能である
- 遺言内容を明確に伝えられる
- 証人を確保できる
- 公証人との日程調整が可能である
といった条件を満たすのであれば、病院内で公正証書遺言を作成できる可能性があります。
ただし、公証人に出張してもらう場合は、通常の公正証書遺言作成費用に加えて、日当や交通費などの費用が必要になることがあります。そのため、公証役場で作成する場合と比較すると費用負担は大きくなる傾向があります。
公正証書遺言の費用や作成手順について詳しくはこちら
公正証書遺言は本当に必要?自筆証書との違い・作るべき人・費用と手続きまで解説
それでも、公正証書遺言は公証人が作成に関与するため、形式不備による無効リスクが低く、相続開始後のトラブル防止にもつながります。
実務上も、本人の意思能力が保たれており、公証人の出張制度を利用できるのであれば、まず公正証書遺言の作成を検討することが一般的です。
特別方式遺言は、公正証書遺言や自筆証書遺言による対応が現実的に難しい場合に検討される例外的な制度と考えるとよいでしょう。
感染症による隔離措置を受けている

伝染病隔離者遺言が想定しているのは、感染症などによって外部との接触が制限されているケースです。
イメージしやすい例として、新型コロナウイルス感染症の流行初期に発生したダイヤモンド・プリンセス号の事例があります。
2020年、乗客や乗員は感染拡大防止のため船内で隔離されました。
仮にそのような状況で、
- 遺言を残したい事情がある
- 通常の遺言作成が困難
- 公証人との接触も難しい
という事情が重なれば、特別方式遺言の制度趣旨が問題になる場面を想像できます。
もっとも、実際に伝染病隔離者遺言を利用できるかどうかは、当時の法令や隔離状況など個別事情によって判断されます。
この事例は、あくまで制度を理解するためのイメージとして捉えるとよいでしょう。
長期間の航海中に遺言を残したい
在船者遺言とは、航海中の船舶内にいる人が利用できる特別方式遺言です。
現在ではあまり利用されることのない制度ですが、長期間陸地から離れて生活する船員や乗客のために設けられています。
現代の感覚では、「自筆証書遺言を書けばよいのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、在船者遺言が制度化された当時は、長期間にわたる航海中に陸地と連絡を取ることが難しく、遺言書の保管や発見にも大きな課題がありました。
また、航海中に死亡した場合には、遺言書が紛失したり、本人の意思を確認できなくなったりするおそれもあります。
そこで、船長や事務員などの立会いのもとで遺言を作成できる制度として在船者遺言が設けられました。
もっとも、現在では通信環境が発達しており、状況によってはWeb会議システムを利用した公正証書遺言の作成も可能です。
そのため、在船者遺言が利用される場面は非常に限定的になっています。
外部との連絡が取れない特殊な状況にある
船舶隔絶地遺言は、船舶の遭難などにより外部との連絡が困難な場合を想定した制度です。
一般の方が利用する可能性はほとんどありません。
しかし、
- 通常の遺言作成ができない
- 外部との連絡が遮断されている
- 本人の意思を残す必要がある
という極限状態であっても、遺言制度を利用できるようにするため設けられています。
このように、特別方式遺言は「どのような状況でも本人の最終意思を可能な限り実現する」という考え方のもとに設けられた制度なのです。
⑤特別方式遺言を検討する前に確認したいこと
特別方式遺言は、通常の遺言方式を利用できない場合に認められる例外的な制度です。
そのため、「特別方式遺言が利用できるか」を考える前に、「本当に特別方式遺言でなければならない状況なのか」を確認することが重要です。
実務上は、特別方式遺言よりも公正証書遺言や自筆証書遺言が適しているケースも少なくありません。
ここでは、特別方式遺言を検討する際に確認したいポイントを解説します。
本人の意思疎通は可能か
まず確認したいのが、本人が自分の意思を明確に伝えられる状態にあるかどうかです。
遺言を有効に作成するためには、どの方式であっても遺言能力が必要です。
例えば、
- 自分の財産を把握している
- 誰に何を残したいか説明できる
- 相続人との関係を理解している
といった状態であれば、遺言作成を進められる可能性があります。
一方で、
- 意識障害がある
- 強いせん妄症状がある
- 意思疎通が困難である
といった場合には、遺言の有効性が問題となることがあります。
まずは本人の意思を確認できるかどうかが出発点となります。
公正証書遺言を作成できないか
特別方式遺言を検討する前に、まず公正証書遺言を利用できないか確認しましょう。
公正証書遺言は、公証人が関与して作成するため、形式不備による無効リスクが低く、相続開始後のトラブル防止にもつながります。
また、原本が公証役場で保管されるため、紛失や改ざんの心配もありません。
実務上も、本人の意思能力が保たれている場合には、公正証書遺言が第一選択となるケースが多くなっています。
病院や介護施設に入所している場合でも、公証人の出張制度を利用することで公正証書遺言を作成できる場合があります。
公正証書遺言について詳しく知りたい方はこちら
公正証書遺言は本当に必要?自筆証書との違い・作るべき人・費用と手続きまで解説
自筆証書遺言を作成できないか
本人が自筆できる状態であれば、自筆証書遺言も選択肢となります。
自筆証書遺言は、公証人が関与しないため比較的短期間で作成でき、費用を抑えられるというメリットがあります。急いで遺言を残したい場合でも、本人が自ら作成できるのであれば対応できる可能性があります。
もっとも、自筆証書遺言は公正証書遺言と比べると、方式の不備によって無効になるリスクや、紛失・改ざんのリスクがあります。また、財産の記載方法が不十分であったために、相続開始後に解釈をめぐって争いになるケースもあります。
そのため、自筆証書遺言を選択する場合は、法務局の自筆証書遺言書保管制度の利用もあわせて検討するとよいでしょう。
自筆証書遺言の書き方や無効になるケースについて詳しくはこちら
自筆証書遺言とは?書き方・無効になるケース・検認までわかりやすく解説
本当に特別方式遺言が必要な状況か
特別方式遺言は、あくまでも最後の手段です。
公正証書遺言を作成する時間的余裕がなく、自筆証書遺言を作成することも難しい場合には、特別方式遺言の利用が検討されます。
一方で、公証人の出張が可能である場合や、本人が自筆できる状態にある場合には、普通方式遺言で対応できる可能性があります。
特別方式遺言は例外的な制度であるため、まずは公正証書遺言や自筆証書遺言を利用できないか検討することが重要です。遺言方式が利用できないかを確認することが重要です。
⑥特別方式遺言でよくある誤解
特別方式遺言は利用される機会が少ない制度であるため、誤解されることも少なくありません。
特に、テレビドラマや映画などの影響で、「最期に口頭で伝えれば遺言になる」と考えている方もいます。しかし、実際には法律で定められた厳格な要件を満たさなければ、有効な遺言として認められません。
ここでは、特別方式遺言に関してよくある誤解を解説します。
口頭で伝えただけでは遺言にならない
テレビドラマや映画では、亡くなる直前に「財産はすべて長男に任せる」「この家は娘に残したい」などと言い残す場面が描かれることがあります。そのため、「最期に本人が口頭で伝えれば遺言として有効になる」と考えている方も少なくありません。
しかし、実際には口頭で希望を伝えただけでは法律上の遺言として認められません。
死亡危急者遺言では遺言者が内容を口頭で伝える「口授」が必要ですが、これは単に家族へ希望を話すことを意味するものではありません。証人3人以上の立会いのもとで、法律が定める手続きに従って作成する必要があります。
例えば、病室で家族に対して「自宅は長男に相続させたい」と話しただけでは、たとえ家族全員がその言葉を聞いていたとしても、原則として有効な遺言にはなりません。本人の意思が明確であったとしても、法律上の方式を満たしていなければ遺言としての効力は認められないため注意が必要です。
録音や動画だけでは遺言にならない
近年はスマートフォンで簡単に録音や動画撮影ができるため、「動画で遺言を残せば十分ではないか」と考える方もいます。
しかし、日本の民法では録音や動画による遺言方式は認められていません。
そのため、本人が遺言内容を録音していたとしても、それだけで有効な遺言になるわけではありません。
もちろん、後日本人の意思を推測する資料として利用される可能性はありますが、法律上の遺言として扱われるものではありません。
家族だけで作成しても有効とは限らない
死亡危急者遺言では証人が必要になります。
しかし、証人であれば誰でもよいわけではありません。
推定相続人や受遺者、その配偶者や直系血族などは証人になることができません。
例えば、「長男に全財産を相続させる」という遺言を作成する場合、その長男自身が証人になることはできません。
また、長男の配偶者や子どもも証人になれないため注意が必要です。
家族だけで手続きを進めた結果、証人資格に問題があり遺言の有効性が争われるケースも考えられます。
特別方式遺言なら必ず有効になるわけではない
特別方式遺言は、緊急時であっても本人の意思を残せるようにするための制度です。
そのため、「特別方式遺言なら多少手続きが不完全でも認められるだろう」と考える方もいます。
しかし実際には逆で、特別方式遺言は例外的な制度だからこそ厳格な要件が定められています。
証人の人数が不足していた場合や、法律上証人になれない人が含まれていた場合、あるいは必要な確認手続きが行われていない場合には、遺言の効力が認められない可能性があります。
特別方式遺言は非常時のための制度ですが、決して簡易な制度ではありません。本人の意思を確実に実現するためには、法律上の要件を正しく理解したうえで手続きを進めることが重要です。
⑦特別方式遺言が無効になる主なケース
特別方式遺言は、通常の遺言方式を利用できない場合に認められる例外的な制度です。そのため、法律で定められた要件や手続きが厳格に定められており、不備があると遺言の効力が認められない可能性があります。
特に死亡危急者遺言は、相続開始後に有効性が争われるケースもあるため注意が必要です。
証人の資格に問題がある
死亡危急者遺言では証人3人以上の立会いが必要ですが、人数を満たしていれば誰でも証人になれるわけではありません。
民法では、未成年者のほか、推定相続人や受遺者、その配偶者や直系血族などは証人になることができないと定められています。
例えば、「長男にすべての財産を相続させる」という遺言を作成する場合、その長男や長男の配偶者が証人になっていると、遺言の有効性が問題になる可能性があります。
病院で急いで証人を集める場面では見落とされやすいポイントですが、実務上は非常に重要な確認事項です。
法律で定められた手続きに不備がある
死亡危急者遺言は、単に本人の意思を書面に残せば成立するものではありません。
遺言者による口授、証人による筆記、内容の確認、証人全員の署名押印など、法律で定められた手順を踏む必要があります。
例えば、家族が本人の話を聞いて後から内容を書き留めただけの場合や、証人による確認手続きが行われていない場合には、死亡危急者遺言として認められない可能性があります。
緊急時だからといって手続きが簡略化されるわけではない点に注意が必要です。
家庭裁判所の確認手続きを行っていない
死亡危急者遺言には、家庭裁判所による確認手続きが必要です。
この手続きは、死亡危急者遺言が適法に作成されたことを確認するために設けられています。
確認の申立てが行われなかった場合、死亡危急者遺言は効力を生じません。
死亡危急者遺言は作成して終わりではなく、その後の確認手続きまで含めて制度が成立していることを理解しておく必要があります。
遺言能力が認められない
どの遺言方式であっても、遺言者には遺言能力が必要です。
死亡危急者遺言は終末期に利用されることが多いため、後になって遺言能力が争われることがあります。
例えば、重度の認知症が進行していた場合や、意識障害によって自らの財産や相続関係を理解できない状態だった場合には、遺言の有効性が問題となる可能性があります。
また、医療用麻薬や鎮静剤を使用している場合でも、直ちに遺言能力が否定されるわけではありません。しかし、当時の意思能力がどの程度あったのかが争点になることがあります。
そのため、終末期に遺言を作成する場合には、医師や医療記録なども含めて、遺言能力を裏付ける事情が重要になるケースがあります。
録音や動画だけで済ませている
スマートフォンの普及により、動画や音声で遺言のような内容を残す方もいます。
しかし、日本の民法では録音や動画による遺言方式は認められていません。
そのため、本人が「財産は○○に残したい」と話している動画が残っていたとしても、それだけで有効な遺言になるわけではありません。
録音や動画は本人の意思を示す参考資料になる可能性はありますが、法律上の遺言としての効力は別問題です。遺言として効力を持たせたい場合は、法律で定められた方式に従って作成する必要があります。
⑧特別方式遺言に関するよくある質問
ここでは、特別方式遺言についてよく寄せられる質問をまとめました。
Q:危急時遺言と死亡危急者遺言は同じですか?
はい。一般的に「危急時遺言」と呼ばれているものは、民法上の「死亡危急者遺言」を指します。
病気や事故などによって死期が迫っている人が利用できる特別方式遺言であり、特別方式遺言の中では最も利用される可能性が高い制度です。
Q:入院中でも遺言を作れますか?
入院中であっても遺言を作成できる場合があります。
本人に十分な意思能力があり、意思疎通が可能であれば、公証人の出張制度を利用して病院で公正証書遺言を作成できるケースがあります。
そのため、入院しているという理由だけで特別方式遺言を選択する必要はありません。
一方で、病状の急変などにより公正証書遺言の作成が難しい場合には、死亡危急者遺言の利用を検討することになります。
Q:証人は家族でもよいですか?
家族であれば必ず証人になれないわけではありません。
しかし、推定相続人や受遺者、その配偶者や直系血族は証人になることができません。
例えば、長男へ財産を相続させる遺言を作成する場合、その長男や長男の配偶者、子どもなどは証人になれません。
証人の資格に問題があると遺言の有効性に影響する可能性があるため、慎重に選ぶ必要があります。
Q:録音しただけでも有効ですか?
いいえ。録音や動画だけでは有効な遺言にはなりません。
日本の民法では遺言の方式が法律で定められており、録音や動画による遺言方式は認められていません。
録音や動画は本人の意思を示す参考資料になる可能性はありますが、それ自体が法律上の遺言になるわけではありません。
Q:特別方式遺言はいつまで有効ですか?
特別方式遺言であっても、有効に成立すれば通常の遺言と同様に効力を持ちます。
ただし、死亡危急者遺言については、危急状態を脱した後に一定期間生存した場合、効力に関する特則があります。
実際に問題となるケースは多くありませんが、長期間生存された場合には改めて公正証書遺言などの普通方式遺言を作成することが望ましいでしょう。
Q:特別方式遺言と公正証書遺言はどちらを選ぶべきですか?
本人の意思能力が保たれており、公正証書遺言を作成できる状況であれば、公正証書遺言を優先して検討することをおすすめします。
公正証書遺言は公証人が関与するため、形式不備による無効リスクが低く、相続開始後のトラブル防止にもつながります。
特別方式遺言は、通常の遺言方式を利用することが難しい場合に認められる例外的な制度です。そのため、まずは公正証書遺言や自筆証書遺言による対応が可能かを検討し、それが難しい場合に特別方式遺言を利用するのが基本的な考え方です。
⑨このような状況でお困りなら早めにご相談ください
特別方式遺言は、一般的な遺言と比べて利用される機会が少なく、手続きも複雑です。
特に死亡危急者遺言は、限られた時間の中で証人の確保や必要な手続きを進めなければならず、判断を誤ると遺言の効力が認められない可能性があります。
次のような状況にある場合は、できるだけ早めに専門家へ相談することをおすすめします。
余命が限られている家族がいる
医師から余命について説明を受けたものの、まだ遺言を作成していない場合は早急な対応が必要です。
本人の意思能力が保たれているうちであれば、公正証書遺言を作成できる可能性があります。
時間が経過するほど選択肢は少なくなるため、まずは現在の状況でどの遺言方式が利用できるのか確認することが重要です。
遺言作成が間に合うかわからない
病状の進行が早い場合や急な入院が必要になった場合には、「今から遺言を作成しても間に合うのだろうか」と不安になることがあります。
実際には、公証人の出張制度を利用できるケースもあれば、状況によっては死亡危急者遺言を検討すべきケースもあります。
どの方法が適しているかは、本人の状態や残された時間によって異なります。
公正証書遺言と特別方式遺言のどちらを選ぶべきかわからない
入院中や療養中であっても、公正証書遺言を作成できる場合があります。
一方で、公証人との調整が難しく、特別方式遺言を検討しなければならないケースもあります。
どちらを選ぶべきか迷う場合は、現在の状況を整理したうえで専門家へ相談することをおすすめします。
特別方式遺言が利用できる状況か判断できない
特別方式遺言は誰でも利用できる制度ではありません。
死亡危急者遺言であれば死亡の危急が迫っていることが必要であり、証人の確保や手続きにも要件があります。
そのため、「特別方式遺言を使えるのだろうか」と迷う場合には、自己判断せず早めに相談することが大切です。
当事務所では、遺言書作成に関するご相談を承っています。現在の状況をお伺いしたうえで、公正証書遺言と特別方式遺言のどちらが適しているかも含めてご案内いたします。
遺言制度全体を理解したい方はこちら
遺言とは?種類・効力・書き方・無効になるケースまで徹底解説
まとめ|特別方式遺言は例外的な制度だからこそ早めの準備が重要
特別方式遺言とは、病気や事故などによって通常の遺言方式を利用できない場合に認められる例外的な遺言制度です。
民法では、死亡危急者遺言、伝染病隔離者遺言、在船者遺言、船舶隔絶地遺言の4種類が定められていますが、実務上問題となることが多いのは死亡危急者遺言です。
もっとも、入院中や余命が限られている場合であっても、公証人の出張制度を利用して公正証書遺言を作成できるケースがあります。
そのため、「入院しているから特別方式遺言」と考えるのではなく、まずは公正証書遺言や自筆証書遺言を利用できないか検討することが重要です。
特別方式遺言は本人の最終意思を実現するための重要な制度ですが、利用できる場面は限定されており、手続きにも厳格な要件があります。
遺言作成を検討している場合は、できるだけ早い段階で準備を進めることで、より確実な方法を選択できる可能性が高まります。
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特定行政書士 野中雅敏(IT行政書士事務所)
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- 経歴:IT業界出身/相続・遺言分野を専門取り組み中
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