「相続」という言葉から、多くの人が思い浮かべるのは、親や配偶者から受け継ぐ不動産や預金などのプラスの財産です。ところが、相続には借金やローン、未払いの税金など、マイナスの財産も含まれるという現実をご存知でしょうか。
民法では、相続はプラスとマイナスの財産を一括して引き継ぐ「包括承継」として定められています。つまり、遺産を受け取ることは、同時に借金も引き継ぐ可能性があるということです。
「そんなこと知らなかった」と後悔しないためには、相続開始後に素早く財産調査を行い、必要に応じて相続放棄や限定承認といった手段を取ることが不可欠です。この記事では、借金相続の基本から手続き、特殊ケースの対応、Q&Aまで徹底的に解説します。
目次
相続 借金の基本知識
相続では資産と同時に借金も引き継がれる
民法896条は「相続人は、被相続人の権利義務を承継する」と定めています。この「権利義務」には、現金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金やローン、未払いの税金などのマイナスの財産も含まれます。
相続は特別な契約や承諾なしに発生し、相続開始と同時に権利義務が移転します。これは「包括承継」と呼ばれ、相続人が財産を受け取るかどうかに関わらず適用されます。
借金は相続人全員が法定相続分に応じて負担
相続における借金の負担割合は、法定相続分に基づきます。例えば相続人が配偶者と子ども2人なら、配偶者は1/2、子どもは各1/4を負担します。
債権者はこの割合で返済を求めますが、支払った相続人は他の相続人に求償権を行使できます。ただし、相続人が支払いに応じない場合、回収が困難になるケースもあります。
保証債務や連帯債務も相続の対象になる
被相続人が保証人や連帯保証人になっていた場合、その債務も相続されます。特に連帯保証債務は、主債務者が返済できない場合に全額を返済する義務が生じるため、非常にリスクが高いです。保証債務も、条件を満たすと返済義務が発生します。
誰が借金を負担するのか?
法定相続人の範囲と順位
民法では法定相続人を以下のように定めています。
1位:子(代襲相続あり)
2位:直系尊属(父母や祖父母)
3位:兄弟姉妹(甥姪まで代襲相続)
配偶者は常に相続人となります。
配偶者・子・兄弟姉妹が負担するケース
被相続人に子どもがいない場合、配偶者と直系尊属が相続人になります。両親も亡くなっていれば、配偶者と兄弟姉妹が相続人です。この場合も借金は相続分に応じて承継されます。
相続人が複数いる場合の債務分担ルール
債務は法定相続分で分けられますが、債権者は各相続人に対し、連帯して返済を求めることが可能です。これは特に連帯債務や保証債務で問題になります。
借金が多い相続のリスク
資産より負債が多いとどうなるか
負債が資産を上回る場合、相続人は資産を受け取っても返済義務の方が多く残ります。この場合、相続放棄を選ばなければ返済義務を負うことになります。
相続税や延滞金との関係
借金があると、相続税の課税対象額は資産から借金を差し引いた額で計算されます。しかし、借金があっても延滞税や利息の支払いが必要になる場合があります。
借金を知らずに相続してしまう危険性
相続開始から3か月以内に手続をしないと、単純承認とみなされます。これにより借金も含め全ての財産を承継したと扱われ、後から放棄はできません。
相続放棄と限定承認の違い
相続放棄とは?メリットとデメリット
相続放棄は、最初から相続人でなかったことにする制度です。借金の返済義務を免れますが、プラスの財産も全て失います。相続放棄は家庭裁判所での申立てが必要です。
限定承認とは?条件と注意点
限定承認は、相続によって得た財産の範囲で債務を弁済する制度です。プラスの財産が残れば相続人のものになりますが、相続人全員の合意が必要です。公告や財産目録の作成など手続きが複雑です。
どちらを選ぶべきかの判断基準
資産と負債の調査が不十分な場合は限定承認が適し、負債超過が明らかな場合は相続放棄を選ぶべきです。
借金相続の手続き方法
相続放棄の手続きの流れ
相続開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所へ申立てます。必要書類を揃えて提出し、受理されれば成立します。相続放棄後は全く相続に関与できません。
限定承認の申立手順
限定承認も3か月以内に家庭裁判所で申立てます。公告、債権者への通知、財産目録作成が必要で、専門家のサポートが有効です。
必要書類と申立先(家庭裁判所)
戸籍謄本、住民票除票、債務証明書、財産目録などが必要です。申立先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
手続きの期限と注意点
3か月以内の熟慮期間ルール
相続放棄や限定承認を行うためには、「相続が開始したことを知った日」から3か月以内に家庭裁判所へ申立てを行わなければなりません。この期間を熟慮期間と呼びます。
例えば、被相続人の死亡を知った日が1月1日であれば、4月1日までに申立てを行う必要があります。この期間を過ぎると、自動的に単純承認したとみなされ、借金も含めてすべての財産を承継したことになります。
期限を過ぎた場合の対応方法
やむを得ない事情で期限内に申立てができなかった場合、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申立てることができます。
例として、死亡後しばらくしてから借金の存在が判明した場合や、海外に住んでいて書類のやり取りに時間がかかった場合などです。ただし、必ず認められるわけではなく、事情を証明する資料が必要です。
手続き中に借金取りから連絡が来たら?
相続放棄や限定承認の申立中であることを債権者に通知しましょう。内容証明郵便で「現在、家庭裁判所に申立中である旨」を伝えると、過度な督促を防ぐことができます。
なお、債権者への通知義務はありませんが、トラブル防止のために行うのが望ましいです。
借金相続における特別なケース
住宅ローンが残っている場合
住宅ローンは、被相続人が**団体信用生命保険(団信)**に加入していれば、死亡時に保険金で完済されます。この場合、ローン債務は消滅し、借金として相続されません。
しかし、団信未加入や一部のみ加入の場合、残債が相続の対象となります。
保証人や連帯保証人になっている場合
保証債務や連帯保証債務は相続の対象です。特に連帯保証人の場合、主債務者が返済不能になると全額返済義務が生じます。
被相続人が友人や親族の保証人になっていたケースでは、家族がその事実を知らず、相続後に多額の返済請求を受けることがあります。
消費者金融やクレジット債務がある場合
消費者金融やクレジットカードの債務は金利が高く、放置すれば利息や遅延損害金が膨らみます。これらの債務は相続人が返済義務を負うため、早急な財産調査が必要です。
借金を相続した場合の生活への影響
クレジットカードやローン審査への影響
借金相続そのものは信用情報機関に直接記載されません。しかし、相続人が返済不能となった場合や債務整理を行った場合は、個人信用情報に記録され、将来のローンやクレジットカード審査に影響します。
相続後の家計や資産管理の注意点
借金を相続してしまった場合、返済負担が家計を圧迫します。生活費や教育費などの支出を見直し、資産売却やリファイナンスも検討する必要があります。
また、相続後の財産管理を怠ると、返済遅延や利息増加によって債務がさらに膨らむ恐れがあります。
借金相続の相談先と専門家活用法
行政書士・司法書士・弁護士の役割の違い
- 行政書士:相続放棄や限定承認の書類作成補助、財産調査のサポート
- 司法書士:登記や相続放棄申述書の作成、簡裁代理権がある場合は一定の債務整理対応も可能
- 弁護士:債権者との交渉、訴訟対応、複雑な相続争いへの対応が可能
専門家に依頼するメリットと費用相場
専門家に依頼すると、手続きの正確性が高まり、期限内にスムーズに進められます。
費用相場は以下の通りです。
- 行政書士:3〜5万円程度(書類作成のみ)
- 司法書士:3〜7万円程度
- 弁護士:5〜15万円程度(内容により変動)
無料相談や法テラスの活用方法
経済的に余裕がない場合、法テラスや自治体の無料法律相談を利用できます。法テラスは費用を立替払いし、分割返済も可能です。
相続 借金に関するよくある質問(Q&A)
借金があることを知らずに相続してしまった場合は?
熟慮期間経過後でも、借金の存在を知らなかった事情を証明できれば、相続放棄が認められる場合があります(民法915条但書)。
相続放棄したらプラスの財産ももらえないの?
はい。相続放棄はすべての相続財産を放棄する制度です。プラスの財産も含め受け取れません。
家族全員が相続放棄した場合、借金はどうなる?
相続人がいなくなれば、最終的に債権は消滅します。ただし、次順位の相続人に承継される場合もあります。
限定承認は必ず家庭裁判所でしなければならない?
はい。必ず家庭裁判所での申立てが必要で、公告や債権者対応などの手続きが伴います。
借金相続でも生命保険金は受け取れるの?
生命保険金は受取人固有の財産であり、相続財産には含まれません。したがって、借金の返済に充てる必要はありません。
海外に住んでいる相続人がいる場合の対応は?
日本国内の代理人を立てることで手続きを進めることができます。郵送やオンライン手続きにも対応可能です。
まとめ:相続 借金は早めの対応がカギ
借金を引き継がないためにできること
- 相続開始後すぐに財産調査を行う
- 銀行口座、不動産登記、借入契約の有無を確認
- 借金が多い場合は相続放棄や限定承認を検討
専門家相談を活用した安全な手続き
相続は時間との勝負です。期限内に的確な手続きを行うため、早めに専門家へ相談しましょう。法律の知識と経験を持つプロの力を借りることで、不要な借金相続を避け、安心して相続を進められます。