なぜ遺言を書くのか? 相続トラブルを防ぐために知っておきたい理由と正しい準備法

目次

はじめに

「遺言なんて、うちには関係ない」と思っていませんか?

ある50代の男性は、父親の死後、思いもよらぬトラブルに巻き込まれました。生前は仲の良かった兄弟が、父親の遺産をめぐって対立し、絶縁状態にまで発展してしまったのです。そのきっかけとなったのは、父親が遺言書を残していなかったことでした。

財産を巡るトラブルは、特別なお金持ちだけの問題ではありません。


むしろ、「うちは財産が少ないから大丈夫」と思っていた家庭こそ、遺言がなかったことで家族の絆が壊れてしまうことが多いのです。

「なぜ遺言を書くのか?」

この問いに対する答えは、単なる法律的な義務ではありません。それは、「残された家族が、争わず、しっかり前を向けるようにするため」の、最後の思いやりなのです。

本記事では、感情的・法律的・実用的な3つの視点から、なぜ今、遺言を書くことが他人ごとではないのかを掘り下げていきます。

第1章:なぜ遺言を書くのか? ― 家族への最後の思いやり

「うちは家族仲が良いから、大丈夫」
そう思っている人ほど、実は危ないのが相続です。


生前は仲良くしていた兄弟姉妹が、親の死後、相続をきっかけに心が離れていく…そんな話は決して珍しくありません。多くの場合、争いの原因は「お金」そのものではなく、「不公平感」や「親の気持ちがわからないこと」にあります。

たとえば、長男が親の介護をすべて担っていたのに、相続では法定通りに全員に均等に分けられる。

このとき、「なんで親は何も言ってくれなかったんだろう」「本当はどう思ってたんだろう」と、残された側は混乱します。結果として、不信感やわだかまりが積もり、兄弟間の関係が壊れてしまうのです。

遺言があると、たとえ全員が100%納得できない内容だったとしても、「これは、親が自分で考えた結論なんだ」という納得の気持ちが生まれます。

それは、残された人たちにとって、心の支えにもなるのです。

また、遺言は死後の手続きのためのものというだけではありません。「ありがとう」「苦労かけたね」「安心してね」といった、言葉にできなかった想いを伝える手段でもあります。

つまり、遺言とは、残された家族が争わず、それぞれの人生を前に進められるようにする、最期の思いやりの行動なのです。

第2章:遺言がなければ、何が起こるのか?

遺言がないとき、相続は自動的に「法定相続」のルールに従って行われます。


法律は、誰にどれだけの財産が渡るかを厳密に定めています。しかし、その「公平さ」が、必ずしも「納得」につながるとは限りません。

たとえば、親と同居して介護を担っていた長女がいたとしても、別居していた兄弟姉妹と同じ割合で遺産を分けるのが原則です。介護の負担や生活の実情は考慮されず、気持ちのバランスが取れないまま進んでしまうのです。

さらに問題となるのが、「感情」の部分です。

相続はお金の話でありながら、同時に家族の物語にも直結しています。
「自分は親にどう思われていたんだろう」
「この分け方は、親の意思なのか?」
そんな疑問が、誤解や嫉妬、怒りへと変わっていきます。

実際に、相続トラブルは決してレアケースではありません。

国の司法統計によると、家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割調停の約3分の2は、遺産総額が5,000万円未満のケースです。そしてなんと、そのうちの約30%は1,000万円未満という数字も出ています。

これはつまり、「大きな財産がある家庭」よりも、一般的な家庭こそ相続トラブルが起きやすいということを意味しています。

遺言書がないことで、思い出の詰まった実家が売られてしまったり、長年疎遠だった親戚が突然相続人として現れたり、そうした事態は決してフィクションではありません。

「書いていない」ことで、想像以上の混乱を招く。それが、遺言がない相続の現実なのです。

第3章:遺言書があることで防げること・できること

遺言書は、ただ財産の分け方を指定するだけの文書ではありません。

それは、相続トラブルを未然に防ぎ、家族に安心を与える意思表示の手段です。

まず、遺言書があることで最も大きな効果を発揮するのは、「争族」の回避です。

たとえば、親が「長男に自宅を相続させる」と明記していた場合、他の兄弟たちが不満を抱いたとしても、「親がそう決めたこと」として受け入れやすくなります。自分たちで分け方を決める必要がないというだけでも、相続人の心理的負担は大きく減ります。

次に、「特定の人に配慮した分配」が可能になります。

たとえば、介護を担った子どもに多めに渡す、あるいは孫に生前の感謝として遺贈する。そうした法定相続では反映できない思いを形にできるのが遺言書の大きな力です。

また、遺言書があることで「相続手続き」もスムーズになります。

本来、遺産分割協議書を相続人全員で作成・署名・実印押印しなければならないところ、遺言書があれば協議不要で、すぐに不動産や預金の名義変更が進められることもあります。

さらに、遺言執行者を指定することで、手続きを任せることも可能です。


たとえば「信頼できる専門家を執行者に指定する」ことで、家族が手続きで揉めたり、煩雑な作業を背負ったりせずに済むようになります。

そして何より、遺言書には「親が自分で考えて書いた」という強いメッセージ性があります。

それがあるだけで、家族は「これが親の意思なんだ」と納得しやすくなるのです。どんなに制度的に整っていても、親の声がそこにあるかどうかで、受け取り方は大きく変わります。

遺言書がもたらす主なメリットまとめ

  • 家族間の相続トラブル(争族)を未然に防ぐ
  • 相続手続きがスムーズに進む
  • 特定の相続人に配慮した分配ができる
  • 想いを伝える手段になる
  • 親の「意志」として受け入れられやすい
  • 遺言執行者を立てることで家族の負担を軽減

「何をどう分けるか」を明確にし、「なぜそうしたのか」という気持ちも伝える。

それが、遺言書の本当の価値なのです。

第4章:遺言は人生を締めくくるメッセージでもある

遺言書というと、「財産を誰にどう分けるか」というお金の話だけを思い浮かべる方も多いかもしれません。

ですが、遺言にはそれだけではない想いを伝える力があります。

たとえば、長年連れ添った配偶者に「ありがとう」、
介護を支えてくれた子どもに「本当に助かったよ」、
離れて暮らしていた家族に「心配していたけど、頑張っているね」、
そんな生きているうちには照れくさくて言えなかった言葉を、遺言という形で伝えることができます。

これは決して大げさな話ではありません。

公正証書遺言や自筆証書遺言の中には、法的効力のある「財産の分配指示」とともに、付言事項(ふげんじこう)という形で、自由なメッセージを書くことができます。

「父親から、最後に手紙をもらったようだった」
「母が私のことをこんなふうに見てくれていたなんて、涙が止まらなかった」
これは、実際に遺言書を受け取った家族たちのリアルな声です。

遺言は、単なる財産の整理ではありません。

それは自分の人生の集大成として、家族に残す最後のメッセージでもあるのです。

また、遺言書を書くことは、自分の人生を振り返る時間にもなります。
「自分にとって大切な人は誰か」
「何をどうしておきたいのか」
「どんなふうに自分の人生を締めくくりたいのか」

そうした問いに向き合うことで、残された時間をどう生きるかにも前向きな意識が生まれます。

最近では、遺言をエンディングノートや終活の一部として捉える人も増えています。法的効力のある遺言と、思い出や希望を綴るエンディングノート、それらを組み合わせて準備することで、家族にとっても、自分にとっても納得のいく人生の締めくくりができるようになります。

遺言がメッセージとして持つ力

  • 愛情や感謝を伝える手段になる
  • 家族に精神的な支えを残せる
  • 自分の人生を整理し、見つめ直すきっかけになる
  • “人生の幕引き”を自分らしく演出できる

遺言は、亡くなったあとに「自分の声」を残せる、唯一の手段です。

法律文書でありながら、人の心に触れる言葉の贈り物にもなる。それが、遺言の本当の魅力なのです。

第5章:遺言を書く前に知っておきたい基本と注意点

「遺言は書いた方がいい」とわかっていても、いざ書こうとすると、「どうやって書けばいいの?」「どこまで決めればいいの?」と疑問が湧いてきますよね。

この章では、実際に遺言を書く前に押さえておくべき基礎知識と注意点をわかりやすく解説します。

遺言書には主に3つの種類がある

  1. 自筆証書遺言
     → 自分で全文を手書きする形式。最も手軽で費用がかからない。
     → ただし、形式不備があると無効になることも。2020年からは法務局での保管制度あり。
  2. 公正証書遺言
     → 公証役場で公証人に作成してもらう正式な遺言。
     → 証人2人が必要で、手数料もかかるが、安全性・確実性が高い。
     → 紛失・改ざんのリスクなし、家庭裁判所の検認も不要。
  3. 秘密証書遺言(現在はあまり一般的でない)
     → 内容を秘密にしたまま、公証役場に提出して証明を受ける方式。
     → 手続きが複雑なうえ、検認も必要なため利用は少ない。

注意点①:形式に不備があると無効に

特に自筆証書遺言では、「日付がない」「署名がない」「押印がない」など、たった一つの形式ミスで無効になることもあります。

また、財産の記載が曖昧(例:「自宅を長男に」だけ書いて住所や登記情報がない)だと、結局、解釈をめぐってトラブルになってしまいます。

注意点②:遺留分に注意!

法的に相続人には「遺留分」という最低限の取り分が保障されています。

たとえば、配偶者や子にまったく財産を渡さない内容の遺言を書いたとしても、その人たちが「遺留分侵害額請求」をすれば、一定額を受け取る権利があります。

遺留分に配慮せずに一方的な内容にしてしまうと、かえってトラブルを引き起こす火種になりかねません。

注意点③:定期的に見直しを

遺言は一度書いたら終わり、というものではありません。

家族構成の変化(孫の誕生、離婚など)、財産状況の変動、心境の変化、数年ごとに見直し、「今の自分に合っているか」を確認することが大切です。

まとめ:書く前に知っておきたいポイント

  • 遺言書には3種類ある(自筆・公正・秘密)
  • 自筆証書は手軽だが形式不備に注意
  • 遺留分など、法的ルールを無視しない
  • 一度書いたら終わりではなく、見直しも重要
  • 公正証書遺言+専門家の関与で安心度がアップする

遺言書は、思いつきで書くものではありません。

ルールを押さえて、正しく準備することが、家族のための本当の優しさになるのです。

第6章:専門家に相談するという選択肢

遺言書は、自分一人でも書けるものです。

しかし、「確実に有効な形で残したい」「トラブルを避けたい」「家族に迷惑をかけたくない」と思うなら、専門家に相談するという選択肢を、ぜひ検討してみてください。

どんな専門家に相談できるの?

遺言に関するサポートを行っている主な専門職は、以下のとおりです。

専門家主な役割・対応内容
行政書士遺言書の文案作成、公正証書遺言の作成サポート、証人の手配など。実務サポートに強い。
弁護士複雑な相続関係、争いの可能性がある場合に対応。遺留分請求や訴訟にも対応可能。
司法書士不動産の名義変更(相続登記)など、手続き面に強み。
公証人(公正証書作成時)公正証書遺言を作成するために必要な国家資格者。

特に、行政書士は「日常的な相続・遺言サポート」に広く対応しており、初めての方にとってもっとも身近で相談しやすい存在です。

専門家に相談するメリットとは?

  1. 法的に有効な遺言が確実に残せる
     → 自筆でミスをする心配がなくなります。
  2. 遺留分や相続税など、将来のトラブルを防げる
     → トラブル予防の視点でアドバイスがもらえます。
  3. 想いや背景をしっかり伝えられる遺言になる
     →「付言事項」や家族構成をふまえた適切な表現も提案してくれます。
  4. 家族が手続きを進めやすくなる
     → 公正証書遺言なら、検認不要でスムーズに相続が進みます。
  5. 万が一のとき、執行者として手続きを代行してもらえることも
     → 「相続人同士で揉めない」体制を事前に作れる

費用の目安は?

  • 行政書士への報酬:5万~10万円前後(内容や地域によって異なります)
  • 公正証書遺言の作成費用:1~2万円程度+財産に応じた手数料
  • 弁護士や司法書士を含めると、複雑なケースでは数十万円規模になることもあります。

ただし、これらの費用は「将来の相続トラブルによる損失」を防ぐための、いわば保険のようなものです。
家族が争わず、安心して財産を受け取れるのであれば、十分に価値のある投資と言えるでしょう。

まとめ:相談は、後悔しない遺言への第一歩

  • 専門家に相談することで、「確実で安心な遺言書」が残せる
  • 将来のトラブルを未然に防げる
  • 気持ちも整理でき、「書いてよかった」と思える形にできる

「一度、プロに話を聞いてみようかな」

そう思った瞬間が、遺言を行動に変えるチャンスです。
家族のため、そして自分自身の安心のために相談することから、始めてみませんか?

第7章:よくある質問(Q&A)

ここでは、「遺言って必要かな?」と感じている方が抱きやすい疑問をピックアップし、専門家目線でわかりやすくお答えしていきます。

読者が「これって自分にも当てはまるかも」と思えるような内容を厳選しました。

Q1. 遺言って、どんな人が書くべきですか?

A. 財産の多い少ないに関係なく、「家族のために気持ちを明確にしたい人」すべてにおすすめです。
特に、家族構成が複雑な場合(再婚・内縁関係・子どもがいない等)は必須とも言えます。

Q2. 自分で書いた遺言でも有効ですか?

A. 有効です。ただし、法的な形式を満たしていないと無効になります。
特に自筆証書遺言は、全文手書き・署名・押印・日付の明記が必要です。
心配であれば、公正証書遺言や専門家への相談が安心です。

Q3. 公正証書と自筆証書、どちらがいいの?

A. 一般的には公正証書遺言が確実で安全性が高いとされています。

費用はかかりますが、検認手続きが不要で、紛失や改ざんの心配もありません。
自筆証書遺言は手軽ですが、形式ミスに注意が必要です。

Q4. 相続人に不利な内容を書いてもいいの?

A. 基本的には可能ですが、相続人には「遺留分」という最低限の権利があります。

たとえば子どもや配偶者に一切相続させない遺言を書いた場合でも、その相続人が遺留分侵害額請求をすれば、一定の取り分を受け取ることができます。

Q5. 子どもがいない場合、遺言は必要ですか?

A. とても重要です。配偶者だけでなく、亡くなった方の兄弟姉妹も相続人になるケースがあります。
特に兄弟姉妹と疎遠な場合や、配偶者にすべて渡したいと考える場合は、遺言がないと希望が叶いません。

Q6. いくらぐらいの財産から遺言を書いた方がいい?

A. 一般的には「1,000万円以上あるなら書いた方がいい」とも言われますが、実際は金額よりも人間関係の複雑さが基準です。

少額でも揉めるケースは多いため、「家族に迷惑をかけたくない」と思うなら書くべきです。

Q7. 遺言書は何歳くらいから書くのがいいの?

A. 早すぎるということはありません。

体調や家族環境が落ち着いているときに準備しておくのが理想です。
50代〜60代で一度書いておき、ライフイベントごとに見直すのが一般的です。

Q8. 介護してくれた子に多めに相続させることはできる?

A. はい、遺言によって可能です。

介護の負担を考慮して、長男や長女に多く相続させる旨を明記すれば、法定相続割合に優先して反映されます。
ただし、遺留分への配慮は必要です。

Q9. エンディングノートと遺言書の違いは?

A. エンディングノートは法的効力はありませんが、気持ちや希望を伝える手段です。

遺言書は財産分与の効力を持つ正式な文書です。理想は、「法的な遺言」と「自由に書けるエンディングノート」の併用です。

Q10. 遺言の内容を変更したい場合、どうすればいい?

A. 新しい遺言書を作成すれば、最新のものが有効になります。

ただし、古い遺言が残っていると混乱の原因になるので、前の遺言書を破棄するか明確に無効と書いておくことが重要です。

おわりに:遺言は、残された人たちへのやさしさです

「遺言」と聞くと、どこか重く、避けたくなるテーマかもしれません。

ですが、これまでお伝えしてきたように、遺言は単なる財産の配分ではなく、家族への思いやりをかたちにする、大切なメッセージツールです。

誰に、何を、どう渡すか。

それを自分の言葉で決めておくことは、残された人たちの心の支えになります。
「親がちゃんと考えてくれていた。」
その事実が、家族の絆を守る力になるのです。

逆に、遺言がないことで大切な人たちが争い、関係が壊れてしまうこともあります。
それは、きっと本意ではないはずです。

今日からできる3つのステップ

  1. 家族や財産について、一度ゆっくり考えてみる
     → ノートに書き出すだけでも気づきがあります。
  2. 無料相談など、専門家の話を聞いてみる
     → ハードルが高そうに見えて、実は簡単です。
  3. 自分の気持ちに素直になって、書いてみる
     → 最初はラフなメモからでも大丈夫。

「いつか書こう」と思っていた遺言、その「いつか」は、思ったより早く来るかもしれません。

だからこそ、今が始めどきです。

家族の未来を守るために、そして、自分の人生を自分の言葉で締めくくるために、あなたの遺言、そろそろ始めてみませんか?