認知症の親が亡くなったら相続はどうなる?遺言・成年後見・手続きの注意点を行政書士が解説

親が高齢になるにつれ、家族が直面するさまざまな課題のひとつが「認知症」です。介護や医療の負担はもちろんですが、見落とされがちなのが「相続」に関する問題です。たとえば、「認知症の親が遺言書を残せるのか?」「亡くなったときに、相続手続きはどう進めればよいのか?」「兄弟間で揉めるのではないか?」など、悩みは尽きません。さらに、親が認知症で意思表示が難しい状態になると、相続に関する判断や手続きに法的な制約が加わり、専門的な対応が求められる場面も増えてきます。

本記事では、認知症と相続の基本的な関係から、遺言書の有効性、成年後見制度の活用方法、実際の手続きの流れ、そしてトラブルを防ぐための具体策までを、行政書士の視点から丁寧に解説します。これからの不安を少しでも軽くし、ご家族が円満に相続を進められるよう、ぜひ参考にしてください。

目次

1:認知症と相続の関係性とは?

相続とは何か?その基本と発生のタイミング

相続とは、故人(被相続人)の財産を、遺族(相続人)が法律に基づいて承継することを指します。相続は被相続人の死亡と同時に開始されます。たとえば、死亡届を出していなくても、死亡が確認された瞬間に相続は法的に始まります。

この相続では、現金・預金・不動産などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産(債務)も引き継がれます。よって、正しい手続きがなされなければ、遺族が想定外の負担を背負うリスクもあるのです。

認知症が相続に与える主な影響とは?

相続では、財産を「誰が」「どのように」受け継ぐかを、相続人同士で協議し決定する必要があります。しかし、相続人の中に認知症を患っている方がいる場合、話し合いができない、署名・押印ができないといった問題が生じます。

また、被相続人(=亡くなる人)が認知症で遺言書を残そうとした場合、その時点で「意思能力」があったかどうかが重要視されます。意思能力が欠如していると判断されれば、遺言書が無効になることもあり、相続が法定相続に基づく処理に変更されてしまいます。です。りと準備をしておくことが非常に重要です。

2:認知症の親は遺言書を作成できるのか?

遺言書に必要な「意思能力」とは?

遺言書が法的に有効となるためには、作成者に「意思能力」が備わっていることが絶対条件です。意思能力とは、自分が何をしているのか、どんな結果をもたらすのかを理解・判断できる能力を意味します。

認知症を患っている方でも、症状が軽度であれば、意思能力があると認められることがあります。ただし、判断は医学的・法律的に非常に繊細であるため、医師の診断書を取得したり、作成時の状況を記録するなど、証拠を残しておくことが大切です。

認知症と自筆証書遺言のリスク

自筆証書遺言は、自分で全文・日付・署名を書き、押印する方式ですが、認知症の人がこの形式で遺言を残すと「本人の意思で書かれたか?」という点が争点になることがあります。文字の乱れや不自然な表現があると、無効とされる可能性が高まるのです。

また、作成後の保管にも注意が必要です。2020年からは法務局での自筆証書遺言の保管制度が始まり、トラブル回避の一助になっています。

公正証書遺言が推奨される理由

認知症の兆候が見られる高齢者が遺言書を残す場合、公正証書遺言の形式を選ぶのが最も安全です。公証役場で公証人が作成し、2名以上の証人が立ち会うことで、第三者のチェックが入るため、のちのち無効とされるリスクが大幅に減ります。

加えて、医師の診断書を添付したり、作成時にビデオで本人の意思を記録しておくなどの対応をとると、より強固な証拠となります。大切です。

3:相続人が認知症の場合の対処法

遺産分割協議は全員の同意が必要

相続が発生した際、複数の相続人がいる場合は、遺産の分け方を協議し「遺産分割協議書」を作成する必要があります。この協議は、すべての相続人が意思表示をできることが前提です。

しかし、相続人の中に認知症の人が含まれている場合、その本人は法律行為ができず、協議に参加することができません。このままでは手続きが進められず、不動産の名義変更や銀行口座の解約ができなくなってしまいます。

成年後見制度の活用が必要

認知症の相続人が遺産分割協議に参加できない場合、「成年後見制度」を利用して後見人を立てる必要があります。後見人が選任されることで、本人に代わって遺産分割の協議や署名が可能となり、手続きが進められるようになります。

家庭裁判所への申立てが必要であり、医師の診断書や本人の財産・親族関係に関する書類の提出が求められます。選任までには1〜2か月ほどかかることが一般的です。

後見人ができること・できないこと

成年後見人には、原則として本人にとって不利益なことは行えないという制約があります。そのため、相続分の放棄や財産の譲渡、不動産の売却などは、家庭裁判所の許可がなければできません。

一方で、遺産分割協議に参加することや、本人にとって公平な割合で財産を取得することは、後見人の判断で可能です。法的な制約の中で、できるだけ円滑に手続きを進めることが求められます。

4:成年後見制度の種類と選び方

法定後見制度とは?

法定後見制度は、すでに認知症が進行しており、本人が自分で契約できない状態になってから利用する制度です。家庭裁判所が後見人を選任し、本人の財産を保護します。

後見人は、親族がなることもありますが、中立性の観点から弁護士や行政書士などの専門職が選ばれることもあります。家族間での利害関係が強い場合には、第三者の専門家が望ましいとされます。

任意後見制度との違い

任意後見制度は、本人がまだ判断能力を持っている段階で、将来に備えて後見人を契約しておく制度です。契約時には公証人の立会いが必要で、発効には医師の診断書と家庭裁判所の審査が必要です。

任意後見制度の最大のメリットは、信頼できる人を自分で後見人として指名できる点です。親子や兄弟で協力体制を築きたい場合には、早期に契約しておくことで、認知症が進行してもスムーズに対応できます。

移行型の利用も検討しよう

認知症の進行度に応じて、任意後見から法定後見へ移行することも視野に入れておくと安心です。たとえば、軽度認知症の段階で任意後見契約を結び、症状が悪化した後に法定後見へ切り替えることで、継続的な財産管理が可能になります。

このような制度の活用には、行政書士などの専門家の助言を受けることが重要です。制度を正しく理解し、家族の状況に合った選択をすることが、トラブルを防ぐ第一歩になります。

5:認知症による相続トラブルの実例と防止策

事例1:兄弟で遺産分割が進まないケース

父親が亡くなり、母親が重度の認知症だったケース。兄弟3人で遺産分割を進めようとしたが、母親が協議に参加できず、後見人をつけるまで手続きが進まず半年以上停滞。最終的に専門職後見人が選任され、家庭裁判所の許可を得てようやく不動産の名義変更が完了した。

防止策: 母親が元気なうちに任意後見契約を結んでおけば、時間と費用のロスを回避できた可能性がある。

事例2:遺言書の有効性を巡る兄弟の争い

認知症を患っていた父親が亡くなったあと、自筆証書遺言が発見されたが、日付が曖昧で筆跡も乱れていた。兄弟の一人が「無効だ」と主張し、家庭裁判所で争いに発展。結局、遺言は無効とされ、法定相続で分配された。

防止策: 公正証書遺言を作成し、医師の診断書を添付しておけば、遺言の有効性に争いが生じることはなかった。

事例3:銀行口座の凍結による生活資金の困窮

父が亡くなった後、母が認知症で銀行口座の名義変更ができず、生活資金が引き出せなくなった。成年後見制度を利用するまでに数か月を要し、家計がひっ迫。結局、親族が立替えて対応する事態に。

防止策: 財産管理の一部を家族信託などで委任しておけば、生活資金に困ることはなかった。

6:行政書士に相談することで得られる安心と効果

行政書士は相続・後見の専門家

行政書士は、相続や成年後見制度に関する書類作成の専門家であり、認知症が関係する相続問題にも豊富な実務経験を持っています。遺言書作成支援、公正証書遺言の証人、任意後見契約書の作成など、幅広い業務を担うことができます。

特に「認知症が進行してきたので早めに備えたい」「相続が始まったが何から手をつけてよいかわからない」といったご相談に対し、具体的で実務的なアドバイスを提供できるのが行政書士です。

書類作成だけでなく手続きの流れを一貫サポート

相続に関する手続きは多岐にわたります。不動産の相続登記に必要な遺産分割協議書、銀行口座の名義変更、相続関係説明図の作成、戸籍収集など、ひとつでも漏れると手続きが止まってしまいます。

行政書士に相談することで、これらの煩雑な手続きを一括して任せられるほか、相続税申告が必要な場合には税理士と連携しながら進めるなど、士業間のネットワークによるワンストップ対応も可能です。

家族内のトラブルを防ぐ第三者的存在として

相続は感情的な対立が起きやすい場面でもあります。遺産の分け方や意思疎通の齟齬があると、兄弟間で長年の確執が表面化しやすく、親族関係が壊れてしまうことも少なくありません。

行政書士は第三者の立場から冷静かつ中立に助言を行い、争いを防ぐための調整役としても活躍します。特に公正証書遺言の作成では、親族が集まる場面で公平な対応が求められるため、プロに任せることが最善策となることも多いのです。

7:よくある質問(Q&A)

Q1. 認知症の親が遺言書を書いたが、有効か心配です

A. 認知症の程度と遺言書作成時の状況により、有効かどうかが異なります。軽度で意思能力があると判断されれば有効な場合もありますが、医師の診断書や作成当時の状況証拠が必要です。不安がある場合は公正証書遺言の形式をおすすめします。

Q2. 相続人のひとりが認知症。遺産分割協議は進められる?

A. そのままでは進めることができません。成年後見制度を利用し、後見人を選任してから手続きを行う必要があります。後見人がいないまま進めると、協議が無効とされるおそれがあります。

Q3. 成年後見制度の申立てにかかる時間と費用は?

A. 通常、申立てから後見人選任までに1〜2か月ほどかかります。費用は裁判所への申立費用や医師の診断書料を含めて1〜3万円程度。専門職後見人が選ばれた場合は、別途報酬が発生することもあります。

Q4. 相続が開始される前に準備できることは?

A. 遺言書の作成、任意後見契約、家族信託の設計、財産目録の作成など、できることは多岐にわたります。行政書士や信頼できる専門家に相談することで、状況に応じた最適な対策を講じることができます。ルを未然に防ぐ最善策です。ることで、認知症リスクにも備えた万全な相続対策が可能になります。

8:まとめ|認知症と相続問題は早期対策がカギ

認知症と相続は、それぞれが個別の大きなテーマであると同時に、重なったときにはより複雑で慎重な対応が求められます。意思能力の有無が法的な判断を左右し、本人の意思が正しく反映されないまま手続きが進んでしまうリスクもあるため、早めの備えが何よりも重要です。

特に、相続人に認知症の方がいる場合は、成年後見制度の申立てが必要になることが多く、時間的・精神的な負担が大きくなります。認知症が進む前に遺言書を作成し、財産の管理方法を明確にしておくことで、残された家族がスムーズに手続きできる体制を整えることができます。

行政書士をはじめとする専門家に相談することで、個別の事情に応じた最善の対応策を見つけることができます。今のうちから家族で話し合い、備えることで、将来の不安を安心に変えることができるのです。