目次
認知症と財産管理の課題
認知症による判断能力の低下とその影響
認知症は、加齢や病気によって脳の機能が低下し、判断力や記憶力が著しく損なわれる症状を指します。日本では高齢化に伴い、認知症患者が急増しており、今や65歳以上の約7人に1人が認知症という推計もあります。
65歳以上の高齢者を対象にした令和4年度(2022年度)の調査の推計では、認知症の人の割合は約12%
判断能力が低下すると、自分の財産を管理したり、重要な契約を結んだりすることが難しくなります。例えば、銀行口座の引き出しや不動産の売却など、通常であれば本人が行う手続きができなくなり、資産が凍結状態になるリスクがあります。これにより、家族の生活費や介護費用の捻出が困難になるケースも少なくありません。
財産管理の必要性とその方法
認知症によって本人が財産管理できなくなると、代わりに家族が手続きを行おうとしても、法律上は本人に代わって勝手に財産を動かすことはできません。結果として、成年後見制度を利用するか、あるいは事前に財産管理の仕組みを整備しておく必要があります。
現行制度では、成年後見人を立てる方法が一般的ですが、手続きが煩雑であり、後見人の監督も厳しく、柔軟な財産管理が難しいといったデメリットも存在します。そのため、より自由度の高い「家族信託」が注目されるようになっています。
家族の負担を軽減するために
認知症対策を怠った結果、財産が凍結され、家族が経済的に困窮する事態も起こり得ます。また、誰が介護費用を負担するのか、誰が不動産を管理するのかといった問題が発生し、親族間でのトラブルにもつながりかねません。
事前に財産管理の方法を整えておくことで、こうしたリスクを回避し、家族の精神的・経済的負担を大幅に軽減することが可能です。
家族信託とは?その仕組みとメリット
家族信託の基本的な仕組み
家族信託とは、本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に対して財産の管理や運用を託し、最終的には受益者(財産から利益を受ける人)のために活用してもらう契約のことを指します。
たとえば、認知症になる前に親が子どもに財産の管理を委ねる契約を結び、認知症発症後もスムーズに財産管理ができるようにすることができます。契約内容によっては、本人が死亡した後の財産の分配方法まで指定できるため、相続対策にも有効です。
家族信託のメリットとデメリット
【メリット】
- 柔軟な財産管理ができる
- 成年後見制度に比べて手続きが簡単
- 死亡後の財産分配まで設計可能
【デメリット】
- 信託契約書の作成が必要
- 受託者選びを間違えるとトラブルになる
- 不動産の信託時には登記費用がかかる
こうしたメリット・デメリットを理解し、適切に活用することが成功のカギとなります。
家族信託と他の制度との違い
成年後見制度は、本人の権利を守るために家庭裁判所が後見人を監督する仕組みですが、自由な財産運用が制限されるという難点があります。
一方、任意後見契約は、発症前に後見人を指定しておく制度ですが、発症後に家庭裁判所の監督を受けるため、こちらもある程度の制約を受けます。
家族信託は、こうした制約を受けずに、比較的自由に財産を管理・運用できるのが大きな特徴です。
家族信託の活用事例と注意点
実際の活用事例紹介
【ケース1】不動産管理
認知症リスクが高い親が自宅不動産を信託し、子どもが賃貸運用を管理。介護費用も賄うことに成功しました。これにより、不動産収益を確保しながら、親の介護費用をスムーズに捻出できた好例です。

親の判断能力低下後も、収益物件を活用して生活費を確保。
【ケース2】事業承継対策
中小企業の社長が、自社株式を家族信託し、後継者となる子どもに事業承継をスムーズに行いました。これにより、社長が認知症になっても事業の運営が滞ることなく、企業価値の維持に成功しています。

認知症発症後も事業運営を継続でき、会社の価値が守られる。
【ケース3】親の生活費管理
高齢の親が認知症になるリスクを考慮し、預貯金を家族信託。子どもが生活費や医療費を管理・支出する仕組みを整えました。これにより、成年後見制度を利用することなく、柔軟に親の生活支援ができました。

成年後見を使わずに、柔軟な財産支出が可能。
【ケース4】二次相続対策
親が、自分の死後も二次相続(配偶者死亡後の相続)に備え、財産の引き継ぎ先を指定できる仕組みを家族信託で整備。これにより、遺産分割トラブルを未然に防ぎ、家族全員が納得する形で財産承継ができました。

二次相続も事前に指定しておくことで、トラブルを回避。
【ケース5】障がいを持つ子どもの支援
障がいを持つ子どもに財産を直接相続させるリスクを避け、親が家族信託を活用して、信頼できる兄弟に財産管理を託しました。子どもの生活支援を安定的に行う仕組みを整え、親亡き後も安心できる体制を実現しました。

障がいのある子の生活を長期にわたって支える仕組み。
【ケース6】海外在住家族へのスムーズな相続
親が日本に住み、子どもが海外在住というケースで、家族信託を活用して日本国内の財産管理を任せることに成功。認知症発症後も、離れた家族がスムーズに資産を管理・活用できた実例です。

物理的な距離を超えて、財産管理と相続をスムーズに。
【ケース7】相続税対策
不動産を信託し、管理と活用を行うことで収益を高め、相続財産を有効活用。結果的に評価額をコントロールし、相続税対策にも成功した事例もあります。資産価値の維持・向上を図る上でも家族信託は効果的です。

家族信託で収益向上 → 評価額調整で相続税軽減。
契約時の注意点とポイント
信託契約は法的な効力を持つため、内容に漏れや曖昧さがあると大きなトラブルにつながりかねません。受託者は信頼できる人物を選び、できれば弁護士や行政書士のサポートを受けて契約書を作成することが推奨されます。
また、信託財産の範囲や管理方法についても明確にしておくことが重要です。
信託契約後の管理と運用
信託契約を結んだ後は、受託者が責任を持って財産を管理・運用していく必要があります。特に不動産の場合は、適切な賃貸管理や修繕も求められます。また、定期的に受益者(本人)や家族に対して、財産管理の状況を報告することが求められます。
認知症と家族信託に関するよくある質問
Q.家族信託はいつ始めるべき?
A.家族信託は「元気なうち」に始めることが鉄則です。認知症と診断されてからでは、本人の意思能力に問題が生じ、信託契約そのものが無効となるリスクがあります。できるだけ早い段階で検討・契約を進めましょう。
Q.信託契約の変更や終了は可能?
A.信託契約は原則として契約時の内容に従いますが、契約書に「変更条項」や「終了条項」を設けておけば、状況に応じて柔軟な対応が可能です。契約後も見直しを続けることが大切です。
Q.信託財産の管理方法は?
A.受託者には、信託財産を「分別管理」する義務があります。つまり、自分の財産とは完全に区別し、信託専用の口座を開設して管理する必要があります。また、管理状況についても受益者に定期的に報告しなければなりません。
家族信託で安心の未来を築こう
専門家への相談のすすめ
家族信託は法的な制度であるため、契約時には専門家のサポートが不可欠です。弁護士、行政書士、税理士など、複数の専門家に相談しながら、最適な信託設計を行うことをおすすめします。
家族全体での合意形成の重要性
財産管理や相続は家族全体に関わる問題です。信託を結ぶ際には、関係者全員が納得できるように、事前にしっかりと話し合いを行いましょう。これにより、後のトラブルを防ぐことができます。
将来を見据えた計画的な準備
認知症リスクや相続対策に備え、早めに家族信託などの仕組みを導入し、計画的に管理・運用していくことが、家族みんなが安心できる未来を築くための第一歩です。