自筆証書遺言と公正証書遺言の違いとは?特徴・費用・リスクを徹底比較

目次

1. はじめに〜父の遺言が“無効”になった話

父の願いは、届かなかった。

「家のことは長男に任せてくれ」

亡くなる数年前、父はそう言っていた。

家庭の事情は少し複雑だった。兄は実家を守り、私は結婚して遠方に住んでいる。
母も「お父さんの意思があるなら、それでいいんじゃない?」と納得していた。

ある日、父が亡くなった。

遺言が残されていた。…自筆で、ノートの1ページに書かれた「遺言書」。

ところが、それは法的には無効とされた。

理由は「日付の記載が不完全」「本文の一部が第三者の代筆」「封筒に署名がなかった」など、一見些細に思えるミスだった。

家庭裁判所での“検認”は思いのほか手間取り、兄弟間に微妙な空気が流れた。

最終的には相続の方針はまとまったが、父の本当の意思はどこまで反映されたのか、今もわからない。

トラブルは、他人事ではない。

実は、こうした「自筆証書遺言によるトラブル」は年々増加しています。

せっかくの想いを込めた遺言も、法的な形式に不備があれば無効になる可能性があるのです。

この記事では、

  • 自筆証書遺言と公正証書遺言の違い
  • どちらがあなたに合っているのか
  • 失敗しないための注意点

をわかりやすく解説していきます。

「もしものとき」に大切な人たちを困らせないため、自分自身の最後のメッセージをきちんと届けるために、まずは、正しい知識を身につけるところから始めてみませんか?

2. 自筆証書遺言とは?特徴・メリット・リスク

自筆証書遺言とは?

自筆証書遺言とは、遺言者本人が全文を手書きで作成する遺言書のことです。

民法第968条に基づいており、他人の関与なしに作成できるのが特徴です。

遺言者が紙とペンさえあれば、誰でもその場で書き始められるため、「思い立ったときにすぐ書ける」ことが最大の魅力と言えます。

メリット①:手軽に書けて費用がかからない

  • 文章を手書きするだけなので、費用は基本的にゼロ。
  • 公証人や専門家に依頼する必要がなく、時間や場所に制限されない。
  • 自分のペースで書き直しや修正が可能。

こんな人に向いている

  • 今すぐに遺言を残したい人
  • 財産が少なく、相続関係が単純な人
  • 周囲に知られずに作成したい人

メリット②:秘密性が高い

自分ひとりで作成し、誰にも見せずに保管できるため、他人に内容を知られたくない場合に有効です。

家庭内でのトラブル回避のため、あえて秘密にしたいという人にも選ばれています。

しかし…そこには“落とし穴”がある

手軽で便利な自筆証書遺言ですが、法的に無効になる可能性があることは、大きなリスクです。

デメリット①:方式不備による無効のリスク

民法では、自筆証書遺言に以下のような形式要件が課されています。

  • 全文を本人が手書きで書くこと(2020年の法改正により、財産目録のみワープロ可)
  • 日付・氏名・押印の記載があること
  • 訂正方法が決まっていること

これらのうち、一つでも不備があれば遺言書は無効と判断される可能性が高いのです。

たとえば「年月日」が曖昧だったり、署名が足りなかったりといった小さなミスが、すべてを台無しにしてしまうことも。

デメリット②:家庭裁判所の「検認」が必要

遺言者が亡くなったあと、相続人が遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受ける必要があります。

検認とは、

  • 遺言書の存在を他の相続人にも知らせ
  • 形式的な確認を行い
  • 遺言書が改ざんされていないかをチェックする手続きです。

この検認には数週間から1ヶ月以上かかることもあり、急いで手続きを進めたい遺族にとっては大きな負担になります。

デメリット③:紛失・改ざん・隠匿のリスク

作成した遺言書を自宅などに保管しておく場合、

  • 火災や災害で失われる
  • 誰かに隠されてしまう
  • 内容を改ざんされる

などのリスクが常に付きまといます。

これを避けるため、2020年に「自筆証書遺言保管制度」が導入されました。

法務局で遺言を保管できる制度ですが、あくまで保管であり、内容の有効性は保証されません。

自筆証書遺言は「第一歩」としては有効

たとえば「とりあえず意思を残したい」「今すぐにでも形にしたい」といった場面では、自筆証書遺言は有効な選択肢です。

ただし、確実に遺志を伝えたい、トラブルを避けたいという場合は、より確実性の高い方法(=公正証書遺言)を選ぶべきかもしれません。

3. 公正証書遺言とは?特徴・メリット・注意点

公正証書遺言とは?

公正証書遺言とは、公証人(国の認定を受けた法律専門職)が作成する公的な遺言書です。

遺言者が口頭で内容を伝え、公証人が文章にまとめ、法的な形式に則って作成されます。この遺言書は公証役場に原本が保管され、紛失や改ざんのリスクが極めて低いことが最大の特徴です。

公証人法および民法第969条に基づいており、法的効力が極めて高い手段とされています。

メリット①:法的に確実で無効にならない

公証人が遺言の内容・形式をすべて確認してくれるため、民法の形式要件を満たさないことによる無効リスクはほぼゼロです。

また、遺言者が意思能力を持っているかどうかも公証人が確認するため、「遺言当時の判断力を疑われて争いになる」という事態も回避しやすくなります。

メリット②:家庭裁判所の検認が不要

自筆証書遺言と違って、公正証書遺言は裁判所による検認が不要です。

そのため、相続手続きをスムーズに進めることができ、残された家族の精神的・時間的負担を大きく減らすことができます。

メリット③:安全に保管される

作成された遺言の原本は、公証役場で厳重に保管されます。

本人や相続人が原本を紛失したり、誰かに隠されたりする心配がありません。また、全国の公証役場でデータベース管理されており、万が一の際にも検索可能です。

メリット④:専門家のアドバイスを受けながら作成できる

公証人や行政書士、弁護士などと連携して作成することが多いため、法的に不備のない内容や将来トラブルになりにくい書き方が可能になります。

さらに、相続税や遺留分など、個別の事情に配慮した内容に調整できるのもメリットの一つです。

注意点①:費用がかかる

公正証書遺言の作成には手数料(数万円〜)が発生します。


金額は財産の額や内容の複雑さによって異なりますが、たとえば財産が5,000万円程度なら、2〜5万円+証人費用+行政書士報酬などが目安です。

注意点②:証人が2名必要

公正証書遺言の作成には、2人の証人の立ち会いが必要です。

家族や利害関係者は基本的に証人になれないため、第三者を依頼する必要があります。専門家に依頼すれば、証人も手配してくれるケースがほとんどです。

注意点③:秘密性が低下する可能性

公証人や証人が内容に触れるため、完全に秘密にすることは難しい面があります。

ただし、公証人や専門家には守秘義務があるため、外部に漏れることは基本的にありません。

公正証書遺言は「確実に伝えたい人」のための選択肢

自筆証書遺言に比べて手間や費用はかかりますが、そのぶん「遺言の確実性」「安心感」「家族の負担の軽減」という大きなメリットがあります。

特に、以下のようなケースでは強く推奨されます。

  • 財産の額が大きい、または種類が多い
  • 再婚家庭や相続人同士の関係に不安がある
  • 争いを絶対に避けたい
  • 法的に万全な準備をしておきたい

4. 【比較表】自筆証書遺言と公正証書遺言の違い

自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらにもメリット・デメリットがあります。

しかし、それぞれの特徴を並べて比較すると、どちらが自分に合っているのかが見えてきます。

まずは一覧表で全体像をつかんでみましょう。

比較一覧表

比較項目自筆証書遺言公正証書遺言
作成の手軽さ◎:紙とペンがあればOK△:手続きや証人が必要
費用◎:基本無料△:数万円の費用が発生
無効になるリスク×:形式不備が多い◎:公証人が確認するためほぼゼロ
保管の安全性△:自宅や金庫に依存◎:公証役場で厳重保管
家族の負担(手続き)×:家庭裁判所の検認が必要◎:検認不要ですぐに使える
秘密性◎:誰にも見せずに作成可能△:証人や公証人が内容を把握
法的信頼性△:不備があると無効に◎:トラブル回避に非常に強い
作成にかかる時間◎:即日作成も可能△:事前準備と予約が必要

各項目のポイントを解説

作成の手軽さ・費用面

自筆証書遺言は、思い立ったときにすぐ書ける「スピード感」が魅力です。

一方で、公正証書遺言は事前の準備や証人の手配が必要ですが、そのぶん確実性が高まります。

法的信頼性と無効リスク

遺言書の一番の目的は「意思を正しく残すこと」です。

どれだけ丁寧に書いても、形式ミスで無効になれば意味がありません。その点、公正証書遺言はプロの目を通すことでトラブルを限りなくゼロに近づけます。

保管・発見・検認のしやすさ

自筆証書遺言は保管場所がわからなかったり、見つからなかったりすることもあります。

さらに、発見後は家庭裁判所の「検認手続き」が必要になり、相続人にとってのハードルが高いです。公正証書遺言は公証役場に保管されているため、手続きの簡便さが大きなメリットです。

秘密性と安心感のバランス

「誰にも知られずに残したい」という思いがある場合、自筆証書遺言が有利に見えますが、秘密を守りすぎて誰にも見つからなかった…というケースもあります。

公正証書遺言は一部の人に内容が知られるリスクがあるものの、確実に伝わる安心感があります。

結論:どちらにも価値がある。だからこそ“目的に合った選択”を

どちらが優れているというよりも、何を優先するかによって選ぶべき形式が変わります。

  • 「とにかく手軽に残しておきたい」→ 自筆証書遺言
  • 「確実に想いを届けたい。家族に迷惑をかけたくない」→ 公正証書遺言

次のセクションでは、それぞれのケースに応じた選び方をご紹介します。

5. ケース別!どちらの遺言が向いているか

ここまで、自筆証書遺言と公正証書遺言の特徴や違いを見てきました。

でも実際に選ぶとなると、「自分の場合はどっちがいいの?」と迷う方も多いはずです。

このセクションでは、状況や目的別にどちらの遺言が向いているかを整理してご紹介します。

自筆証書遺言が向いているケース

財産が少なく、相続関係がシンプルな場合

例:配偶者と子どもだけが相続人、財産は預貯金中心で数百万円程度。

専門的な調整が不要であれば、自筆証書遺言で十分な場合も。

まずは「今すぐに遺言を残したい」場合

例:病気や高齢で時間が限られている、気持ちが強いうちに書きたい。

手間をかけずに想いを残す“第一ステップ”として有効。

他人に内容を知られたくない場合

公正証書遺言では証人や公証人が内容を知ることになります。

秘密性を最重視したい場合は、自筆証書遺言が適しています。

すでに公正証書遺言を作成しており、補足として使いたい

メインの遺言は公正証書で作成し、その後の気持ちや変化を伝えるために自筆で補足するケースもあります。

公正証書遺言が向いているケース

財産が多岐にわたる・金額が大きい

例:不動産、株式、複数の預金口座、賃貸物件など。

正確な財産目録と法的処理が求められる場合は、公正証書遺言が安心。

相続人同士の関係が複雑・トラブルを避けたい

例:再婚家庭、相続人に不仲がある、相続対象外の人に財産を渡したい。

紛争リスクがあるなら、法的に万全な形式で備えるのが鉄則。

確実に実行される遺言を残したい

公正証書遺言は検認不要ですぐに法的効力が発揮されるため、「遺言があったけど使えなかった」という事態を回避できます。

高齢・病気などで意思能力を証明しておきたい

公証人が意思能力を確認して記録に残すため、後から「判断力がなかった」と争われる可能性が下がります。

自分の“目的”にあわせた選択を

遺言に正解はありません。

大切なのは、「自分が何を伝えたいか」「どう残したいか」を明確にすることです。そのうえで、形式・費用・安心感のバランスを考えた選択をしましょう。

6. よくある質問(Q&A)

遺言書の形式や作成方法について理解が深まる一方で、実際に準備しようとすると「これって大丈夫?」という疑問も出てくるはずです。

ここでは、自筆証書遺言・公正証書遺言に関してよくある質問とその答えをまとめました。

不安を解消しながら、一歩を踏み出す手助けになればと思います。

Q1:公証役場に行くのが恥ずかしいです。誰かに見られませんか?

A:心配いりません。

公証役場は誰でも利用できる公共機関ですが、プライバシーには十分配慮されています。個室や応接スペースで対応され、他の利用者と顔を合わせることはほとんどありません。

また、職員や公証人には守秘義務があるため、内容が外部に漏れることはありません。

Q2:公正証書遺言って誰でも作れるの?高齢者や病気の人でも大丈夫?

A:原則として、15歳以上で意思能力があれば誰でも作成可能です。

病気や加齢で外出が困難な場合は、公証人が自宅や病院へ出張して作成する「出張遺言」も可能です(別途費用が必要)。

ただし、認知症などで判断力が著しく低下している場合は、作成そのものが難しくなることもあるため、早めの準備が重要です。

Q3:自筆証書遺言は全部手書きじゃないとダメなんですか?

A:原則は全文手書きですが、2020年の法改正で財産目録のみパソコン等で作成可能になりました。

ただし、財産目録の各ページには遺言者の署名・押印が必要です。本文(誰に何を渡すかなど)は、引き続き全文手書きが必要なので注意が必要です。

Q4:自筆証書遺言と公正証書遺言、両方あった場合はどちらが優先されますか?

A:どちらも法的には有効ですが、内容が矛盾していた場合、日付が新しい方が優先されます。

たとえば、自筆証書遺言が2023年、公正証書遺言が2025年に作成されていた場合、2025年の内容が有効です。

ただし、曖昧な記述や矛盾があると相続人間で争いになる可能性があるため、不要な二重作成は避けるのがベターです。

Q5:遺言書の内容をあとから変更したい場合はどうすればいい?

A:可能です。

  • 自筆証書遺言であれば、新しい日付で書き直せばOK(古いものは破棄)
  • 公正証書遺言も「変更・撤回」が可能で、新たに作成すれば過去の内容は無効になります

ただし、複数の遺言書が残ると混乱の原因になるため、古い遺言は必ず破棄するか、明確に「○年○月の遺言を撤回する」と書いておきましょう。

Q6:遺言を作っておけば、すべての相続トラブルは防げますか?

A:残念ながら、「100%トラブルを防げる」という保証はありません。

遺言があっても、相続人が遺留分(法定相続人の最低限の取り分)を主張して争いになることもあります。

ですが、遺言があることで「自分の意思を明確に伝えられる」ため、争いを最小限に抑えることができます。特に公正証書遺言は、第三者が関与することで信頼性が高く、争いを防ぐ力が強い形式です。

7. まとめ・今からできること

最後にもう一度、確認しておきましょう。

遺言書は、「人生の最終メッセージ」ともいえる大切な書類です。

その形式によって、家族がスムーズに手続きを進められるか、あるいはトラブルに巻き込まれるかが大きく変わってきます。

自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選ぶべきか?

あなたが重視したいのは…おすすめの遺言形式
手軽さ・費用を抑えたい自筆証書遺言
法的に確実に遺志を伝えたい公正証書遺言
とりあえず今すぐ残したい自筆証書遺言(+後で公正証書も)
家族に迷惑をかけたくない公正証書遺言
自分だけの思いをこっそり書きたい自筆証書遺言
財産が複雑、相続関係に不安がある公正証書遺言

今からできる3つのこと

① 自分の財産と家族の状況を見直す

まずは、自分がどんな財産を持っていて、相続人が誰かを把握することが大切です。

預貯金、不動産、保険、株などをリストアップしてみましょう。

② どんな想いを遺したいのか、書き出してみる

「誰に何を残すか」だけでなく、その理由や背景にある想いも明確にしておくことで、争いを防ぎやすくなります。

③ 必要に応じて専門家に相談する

遺言は法律と気持ちのバランスが必要な分野です。

少しでも不安があれば、行政書士や弁護士、公証人に相談することをおすすめします。特に公正証書遺言を作成する場合は、事前の準備が重要です。

最後に:遺言書は、未来への優しさ

遺言を書くことは、「縁起でもない」と思うかもしれません。

でも実はそれ、あなたの大切な人たちへの最初で最後の気遣いなんです。

あなたの言葉で、あなたの手で、未来に安心と信頼を届けてみませんか?